なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

19.劇的な回復

 巡回ついでに宿舎に寄り、シャワーと朝食だけ済ませて詰所に戻る。
 昨夜はやはり魔獣が二、三匹現れたが、全てその場で倒したと報告を受けている。大事にはならず何よりだ。ジムの意識も戻ったと聞いているし、不幸中の幸いと言った所か。

「あれ? キンバリー総司令官、まだいらっしゃったんですか?」
 今後の警備面、人員配置を考えながら廊下を歩いていると、すれ違ったジャンヌに声を掛けられた。

「昨日からあまり休んでおられないのでは? 少しは寝た方が良いですよ」
「いや、まだ大丈夫だ。問題ない」
「……サラが見たら、心配しそうな顔色していますけどね」

 呆れたように忠告するジャンヌに、俺は押し黙った。確かに昨夜は一睡もしていないが、そこまで酷い顔をしているのだろうか?

「後の事は私がしておきますから、少しは休んできてください」
「……では、そうさせてもらおうか」

 ジャンヌの言葉に甘えて昼過ぎまで仮眠を取ったお蔭で、少しは頭もスッキリした。ジャンヌと今後の打ち合わせをして、今日は定時で詰所を出る。宿舎に帰る前に、ジムを見舞いに病院に寄った。

「キンバリー総司令官! わざわざ来ていただけたのですか?」

 ベッドに半身を起こして出迎えたジムに、俺は目を見開いた。昨日まで死の縁を彷徨っていた人間とは思えない程元気そうで、重傷を負っていた筈の右腕の包帯すら取れている。魔獣に傷付けられた右腕は後遺症が残るどころか、何の問題も無く動いていた。

「……お前、もう大丈夫なのか?」
「はい。午前中の検査の結果、信じられない程の奇跡的な回復具合だそうで、先生も目を丸くしていました。もう殆ど問題も無いですし、明日には退院できると思います」

 ジムは右腕をグルグルと回し、自在に動かして見せたが、俺は自分の目が信じられなかった。
 魔獣から受けた傷は、どんな小さな物でも油断できない。掠り傷でも一生ジクジクと痛む事もあるのだ。ましてあれだけの出血を伴う大怪我を負いながら、一日でほぼ完全回復するなど……普通に考えれば有り得ない。必ず何か原因がある筈だ。

「ジム、お前は何か、特異な体質なのか? 昔から怪我が治りやすいとか……」
「え? そんな事はありません。普通だと思いますけど。昔の怪我の痕とか、訓練中に付いた切り傷とか、今も幾つか残っていますし」
「そうか……。ならば、何か心当たりはないか? 魔獣に怪我を負わされて、これ程劇的な回復を遂げるなど、過去には無かった事だ。もし原因が明らかになれば、多くの人々を助けられるようになるかも知れん。何でも良い、何か思い当たる事があれば教えてくれ」
「え? そう言われましても……」
 ジムは困惑した様子で頭を捻るが、残念ながら心当たりは無いようだ。

 だが俺は、一つ思い出していた。俺が現場に到着する少し前に、魔獣が急に逃げて行ったというルースの言葉を。
 これも過去に例が無かった事だ。ジムの怪我の奇跡的な回復具合と、何か関係があるのだろうか?

「……では、何かいつもと違う事は無かったか? どんな小さな事でも構わん。思い付く事があれば全部言ってみろ」
「違う事、ですか……。そう言えば……」
 何か思い当たったらしいジムに、思わず身を乗り出す。

「朝、看護師さんが包帯を変えてくれた時に、妙な紙が絡まっていたんです。血が付いていたので、もう捨ててしまいましたけど……」
「どんな紙か、覚えているか?」
「何かの模様が描かれた紙が二枚ありました。元々一枚だった物が、二つに破れたような感じだったと思います」
「そうか。今朝の事なら、まだ残っているかも知れんな」

 すぐに院長に尋ねてみたが、残念ながら、今朝回収したごみは、既に焼却炉で燃やしてしまったとの事だった。

(急に逃げ出した魔獣……二つに破れた妙な紙……他に何か手掛かりは無いか? そもそも、その紙は誰が仕込んだ? 可能なのは、包帯を巻いた病院の者か付き添いの者……いつもと違う人間……まさか!?)

 思い当たった一人の人物に驚愕しながらも、俺は軍服の内ポケットに入れておいた物を取り出した。小さな巾着袋の中に入っていた物を取り出して見てみる。
 そこには、ほぼ真っ二つに破れた、何かの模様が描かれた紙が入っていた。

「ジム、この紙に見覚えはあるか!?」

 急いで病室に戻り、ジムに見せて尋ねると、ジムは目を見張りながら破れた紙を観察した。

「同じかどうかは分かりませんが、俺が見た物と、良く似ていると思います。紙自体も、書かれた模様も……」
「そうか」

 すぐに病院を出て、宿舎の離れに向かう。目的の部屋のドアをノックすると、その人物はすぐに出て来た。

「お疲れ様です、旦那様」
 明るい表情で出迎えたサラに、俺は息急き切って尋ねる。

「サラ、ジムの怪我を治したのはお前か?」
「えっ? いいえ、私はそんな事はできません」
 目を丸くして首を横に振るサラに、俺は懐から取り出した物を突き付ける。

「この紙と似た物を、お前はジムにやったのではないのか? それでジムは奇跡的に治ったのではないのか?」
 サラは模様が描かれた紙を一瞥して、口を開いた。

「確かに、私は旦那様が仰る通り、ジムさんの怪我が治って欲しい一心で、これと似た物を作って、ジムさんに治癒のおまじないをしました。ですが、このおまじないに効果なんてありません」
「馬鹿な。これ以外に考えられないのだ。魔獣が急に逃げ出したのも、ジムが劇的に回復したのも。お前が作ってくれた魔除けのお守りと、治癒のおまじないとやらの効果だとしか……!」
 語気を強める俺に、サラは悲しそうに笑った。

「だって、このおまじないは、母の病には全く効きませんでしたから」

 出来の悪い仮面のような作り笑顔に、俺は言葉を失った。
 だから、せいぜい気休め程度のものなんです、と続けて説明するサラに、俺は返す言葉を何も見付けられず、暫くの間、ただその場に立ち尽くしていた。
< 19 / 42 >

この作品をシェア

pagetop