なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

20.私の帰る場所

 それから数日後、クヴェレ地方でのお仕事が終わり、私達は帰路に就いた。

「旦那様、連れて来てくださって、本当にありがとうございました」
 馬車に揺られながら、私は改めて旦那様にお礼を言った。

「サラ、クヴェレ地方はどうだった?」
「お蔭様で、とても楽しかったです!」
「そうか。それなら何よりだ」
 斜め向かいに座るジャンヌさんの問いに答えると、隣の旦那様が口を開いた。

 魔獣が現れてジムさんが重傷を負ってしまったけれども、もうすっかり治ったと旦那様が教えてくださって、私は心底安堵した。予定していた観光が半日になってしまったのは残念だったけれど、仕事時間外にも旦那様やジャンヌさんに色々なお店に連れて行っていただいたし、お屋敷の皆さんにもお土産を沢山買えたしで、私はとても充実した日々を送る事ができた。これも旦那様をはじめ、魔獣から私達を守ってくださる兵士の方々のお蔭だ。

「あ、あの、俺まで乗せてもらってしまって、本当に良かったんでしょうか」
 私の向かいの席で、緊張した様子のジムさんが尋ねる。

「構わん。奇跡的に完治していると診断されたとは言え、お前は魔獣に重傷を負わされた身だ。大事を取っておいて損は無い」
「きょ、恐縮です!」
 ジムさんは勢い良く旦那様に頭を下げた。

 そう、行きは旦那様と二人だったけれども、帰りはジャンヌさんとジムさんも一緒なのだ。何でも、ジャンヌさんには今回とてもお世話になったし、ジムさんは治ったとは言え、魔獣から受けた怪我は何が起こるか分からないので、念の為にとの事だ。人数が増えて賑やかなので、私は大歓迎である。

「それにしても、本当に良かったですね。後遺症も無く、綺麗に治ったと伺いました」
「はい。俺が入院している時に、サラさんも付き添ってくださったんですよね? 俺はあまり良く覚えていないのですが、あの時はありがとうございました」
「いいえ、私は大した事はしていませんから」

 元気そうなジムさんの姿に安心する。数日前まで、死人のような顔色で病床に横たわっていたとはとても思えない。魔獣から受けた傷は重症化しやすい事は私も聞いたけれども、それを抜きにしても、あの大怪我からこんなに早く回復するなんて、本当に奇跡みたいな出来事だ。

「ジム、あんた本当に運が良いよ。魔獣に怪我をさせられて退職せざるを得なかった仲間達も大勢いたんだから。あんたはその分までしっかり頑張りな!」
「はい、隊長!」

 張り切ってジャンヌさんに答えるジムさんを微笑ましく思いながら、私は旦那様をちらりと横目で見上げた。旦那様は難しいお顔で何やら考え込んでいらっしゃるご様子だ。
 魔獣の一件があってから、旦那様はずっとこんな調子だ。何かに悩んでいらっしゃるのなら、私もお力になりたいとは思うものの、どうすれば良いのか分からない。もし私なんかが聞いてはいけない軍事機密等で悩んでいらっしゃるのなら、私が尋ねた所で、かえって旦那様を煩わせてしまう事になりかねない。そう考えると、何となく訊く事すら躊躇われて、私は今日も旦那様を見守るだけだ。
 ……私は無力だな、とつくづく思う。

「セス、どうかしたの? 難しい顔して」
 思い悩む私を一刀両断するかのように、ジャンヌさんが旦那様に尋ねた。

「今回の事は、果たして『運が良い』で片付けてしまって良いものかと思ってな」
「どういう事?」
 ジャンヌさんが再度問い掛けると、こちらに視線を移した旦那様と目が合った。

「……サラ、お前に協力してもらいたい事があるのだが……」
 言い辛そうに口を開く旦那様に、私は勢い込んで答える。

「私にできる事なら、何でもやります!」
「……良いのか? まだ内容も言ってはいないが」
「旦那様のお力になれるのでしたら、喜んで!」
「そ、そうか……」

 旦那様は若干驚いたように目を丸くしながらも、肩の荷が下りたように表情を和らげた。その様子を目の当たりにして、もっと早く旦那様に尋ねていれば良かった、と私は後悔する。
 まさか私に関する事で悩まれているだなんて思いもしなかったのだ。私が勇気を出して尋ねていたら、もっと早く旦那様の憂いを晴らす事ができていたかも知れないのに。行き場の無い私を拾ってくださった旦那様のお役に立てる事なら、私は何だってしたいのだ。

「俺の推測だが、今回、重傷を受けたジムが劇的に回復したのは、サラのおまじないの効果ではないかと思っている。先日、お前は否定していたが、他の可能性は考えられなかった。だから、実験がしたい」
「実験、ですか?」
「ああ。俺の部下に魔獣に怪我を負わされ、今もその後遺症に悩まされている者がいる。そいつに、お前の治癒のおまじないとやらをしてやって欲しい。勿論、駄目で元々で構わん。今以上に悪くなる事は無いのだからな」
「……分かりました。それで、旦那様が納得されるのでしたら」

 私のおまじないが効いてジムさんの怪我が治っただなんて、私はこれっぽっちも思っていない。だけど、旦那様が望まれるのならば、幾らでも実験に付き合うつもりだ。旦那様の気が済むまで。

 馬車は順調に進み、ジムさんとジャンヌさんを送り届けて、私達はキンバリー辺境伯家に帰って来た。

「お帰りなさいませ、旦那様。サラさんも」
「只今戻りました、皆さん!」

 笑顔で出迎えてくださったお屋敷の皆さんにほっとしながら、ここが私の帰る場所になったんだな、と改めて感慨深く思った。やっぱり、自分の居場所があるととても安心する。この環境を与えてくださった旦那様には、感謝してもし切れない。

「あの、これ皆さんにお土産です」
 お菓子や干し肉等のお土産を一人ずつ配って回ると、皆さん目を丸くされた。

「こんなに沢山買って来てくださったのですか? 本当にありがとうございます!」
「いいえ。急にここで働かせていただく事になった私に、皆さん本当に良くしてくださって、とても感謝しているんです。これはほんの気持ちです。これからも皆さんに何かとお世話になるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「こ……こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します!」

 私がお礼を言って頭を下げると、何故か皆さんに涙ぐまれ、ハンナさんに至っては泣かれてしまった。
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