なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

36.魔法研究所

 色々あった夜会から一夜が明けた。慣れない環境に疲れていたのか、私はアガタさんが起こしに来てくれるまで、泥のように眠ってしまっていた。

「いつもは私が来る前に起きていらっしゃるのに、珍しいですね。昨夜は余程お疲れになられたのですね」
「そ、そうみたいです……」

 苦笑しつつ、アガタさんに支度を手伝ってもらいながら、私は昨夜の出来事を思い返していた。
 付け焼き刃だけど、特訓していただいた淑女教育の成果は出せたし、何よりもセス様と踊れた事は、一生の素敵な思い出になるだろう。フォスター伯爵家の三人は厳罰に処せられるらしいので、もう二度と顔を合わせる事も無い。凄く緊張したけれど、とても素晴らしい一夜を過ごせて、私は大いに満足していた。

(まあ、王宮なんて私には縁が無さそうな場所、今後一生行く事なんてきっとないだろうし、本当に良い経験をさせていただけたわよね)

 ……と思っていたのだけれども、朝食後、私はセス様に連れられて、王宮の敷地内にある、魔法研究所を訪れていた。セス様曰く、先方が私のおまじないをどうしても詳しく調べたいのだそうだ。

(……まさか、二日連続で王宮を訪れる事になるとは夢にも思わなかった……)

「初めまして! 貴女がサラ・フォスター伯爵令嬢ですね!」

 応接室に通された私が、密かに遠い目をしながら頬を抓って痛みを確認していると、すぐに黒のローブを身に纏い、フードを目深に被った方が入室して来られた。声で女性と分かるけれども、若干大きめのローブで体型が隠れ、フードで口元しか分からないような状態なので、容姿だけでは男女の区別さえ付かない。

「お待ちしておりました! では早速貴女の魔法を調べさせてください!」
「え、え?」

 いきなり両手を握られて引っ張られ、私が驚き戸惑っていると、直後に同じ黒のローブを着た男性が慌てて駆け込んで来た。

「エマ! 全く、相変わらずだなお前は! まずは挨拶! そして説明くらいしろ!」
「そうだった! 失礼致しました私は魔法研究所所長のエマ・ベネットと申します。キンバリー辺境伯より貴女の治癒のおまじないが魔法の一種ではないかと問い合わせを受けて検証致しました所私がまだ見た事も無い非常に興味深い魔法であった為すぐさま各国の資料を掻き集め研究致しました結果今は滅んだネーロ国の文字を使用した非常に高度な魔法式を使った魔法ではないかと推測されましたが私達研究員が再現を試みても全くできませんでしたので是非貴女にご協力いただいて魔法の実演とそのメカニズムを解き明かし他者における魔法の再現とその応用を研究したいと思っておりますので是非宜しくお願い致します。では早速行きましょう!」
「そんな説明で分かるか!」

 ベネット所長の早口と肺活量に唖然としていると、男性は私からベネット所長を引き剥がしてソファーに座らせ、疲れたように溜息をついた。

「妹が大変失礼を致しました。改めまして、初めまして。私は魔法研究所副所長のアラスター・ベネットと申します」
「は、初めまして。サラ・フォスターと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
 気を取り直して、淑女の礼をする。

 そう言えば、淑女教育でベネット公爵家について教えていただいた。代々優秀な魔術師を何人も輩出していて、武芸を得意とするケリー公爵家と双璧をなす存在であると。歴代の魔術師団や魔法研究所の最上位は、殆どベネット公爵家の方々で占められているけれども、その中には少々変わっている人も多いとか何とか。

「キンバリー辺境伯もお久し振りです。この度はご連絡いただき、誠にありがとうございました」
「お久し振りです、ベネット副所長。所長も変わりないようで何よりです」
「お久し振りですキンバリー辺境伯。ねえもう良いでしょうお兄様。積もる話はお任せ致しますのでフォスター伯爵令嬢と早速研究室に向かいたいのですが」
「お前な……」
 頭を抱えるベネット副所長に、セス様が声を掛ける。

「構いません。サラ、ベネット所長に協力してやってくれ」
「分かりました、セス様」
「ありがとうございます! では行きましょうフォスター伯爵令嬢!」

 ベネット所長に引き摺られるようにして、私は研究室に連れて行かれた。そしてベネット所長に言われるがまま、おまじないを実際にして見せたり、何か良く分からない計測器らしきもので見てもらったりした。お話が終わったのか、途中からベネット副所長と共にセス様が研究室に来てくださって、初めての場所で分からない事だらけで何となく不安を覚えていた私は、一瞬で心強くなってしまった。我ながら現金である。

「うーんやっぱりフォスター伯爵令嬢と私達とでは根本的に魔力の質が違うようですね。だから誰も貴女のおまじないを再現できなかったんじゃないかしら。この紙に書かれた文字はネーロ国の古い字体を崩したものだと思うのですがお母様はネーロ国とどのようなご関係なのですか?」
「えっと……すみません、私も母とネーロ国に繋がりがあった事は、今初めて知ったくらいなんです。このおまじないは確かに母から教わったのですが、何も詳しい事は聞いていなくて……」
「その事については、先にこちらで確認させていただきたい」
 口を挟んできたセス様に、私は目を見開く。

「サラ、これから陛下に謁見するが、お前に確認したい事がある。ベネット所長、申し訳ないが少々サラを連れ出させていただく」
(……って事は、また国王陛下にお目見えするって事!?)

 二日連続のまさかの事態に、私は再び硬直してしまった。
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