なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

37.お母さんの素性

「良く来てくれたな。楽にすると良い」
「はい。お気遣いありがとうございます」
(と、言われましてもそう簡単にできるものではないのですが……)

 セス様と一緒に国王陛下の執務室で謁見した私は、やはりカチコチに緊張していた。驚く程ふかふかのソファーに腰掛け、勧められた紅茶のカップを手にするものの、手が震えて上手く飲めそうにない。零さないように気を付けながら、少しだけ口に含み、またすぐにカップをテーブルに戻した。

「さてセス。調査の詳細を聞かせてもらおうか」
「はい」
 国王陛下に答えると、隣に座るセス様は私に向き直った。

「サラ、おまじないの事もあって、お前の母君について調べさせてもらった」
(え、何時の間に)
 驚く私に、セス様は続ける。

「ベネット所長からお前のおまじないがネーロ国と何らかの関係がある可能性について知らされ、調査した所、お前の母君は魔獣に襲われて滅んだネーロ国の王族だったのではないかと推測された」
「えっ?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
(お母さんが……王族だった?)

「ネーロ国は、その周囲を魔獣が住む森に囲まれているという悪条件の中でも、王族だけが使える特殊な魔法のお蔭で、その国土を維持し続けていたと聞く。だが今から数十年前、その魔法を乱用し、国土の拡大を目論んだ所、国境を魔獣に破られ、そのまま滅んでしまった。恐らくお前の母君は、おまじないと称するその特殊な魔法のお蔭で、魔獣がひしめく森を抜けて生き永らえ、我が国に辿り着いたと思われる。そして、短期間だがネーロ国に滞在していた経験を持つ前フォスター伯爵を訪ね、その正体を隠したまま雇われたのだろう」
 いきなりそんな事を言われても、頭が付いて行かない。

「これはあくまでも、お前が母君から教わったおまじないが、ネーロ国で秘匿されていた特殊魔法だと判明した事から推測された仮説にすぎない。だが、限りなく真実に近い仮説だと俺は考えている。前フォスター伯爵はお前の母君の身分までは知らなかったようだが、ネーロ国の出身である事は把握していたようだからな」
「……」
 私は暫くの間、何も言う事ができなかった。

(お母さんが王族? そんなの夢にも思わなかった。だってお母さんは、そんな事は一言も……。だけどそれなら、一応辻褄は合うのかな?)

 お母さんの仕草が、脳裏を過る。
 何処か品がある立ち居振る舞いに、訊けば何でも教えてくれた広くて深い知識、姿勢やマナーには余所の家よりも厳しかったように思う。てっきり以前伯爵家にメイドとして勤めていたからだと思っていたけれども、王族としての教養があったのであればと、確かに納得してしまった。

「……だが、それなら何故、母君は平民になったのだ? ネーロ国王族の生き残りである彼女にしか使えない特殊な魔法を会得していたのだから、それを活かせば、もっと良い暮らしができた筈では? 現に、もし私がその事を知っていたならば、すぐに彼女を召し抱え、重用していたであろうに」
 国王陛下の質問に、私は気付けば口を開いていた。

「……母は、利用されたくなかったのだと思います。私におまじないを教えてくれた時も、気休めのおまじないなのだから効果は期待しないように、人前で多用しないように、と念を押していました。それに、今思い出したのですが、幼い頃に母から聞いた物語があります。魔獣が嫌がる魔法があり、その魔法のお蔭で平穏を保っている国があったけれども、欲が出た人々が、魔法を多用して魔獣を追い詰めた結果、その国は魔獣に滅ぼされてしまったと。だから、思い上がり、他人が嫌がる事は決してしてはいけない、その業は何時か自分に返ってくるのだから、と母は語っていました」

 幼い頃、お母さんが私にしてくれた寝物語を思い出す。
 あの物語は、ネーロ国の事を言っていたのだろうか。お母さんは、どんな気持ちでその話を語ってくれていたのだろう。

「……そうか。母君は、自国を滅ぼすきっかけとなった自らの魔法を、あまり良く思っていなかったのかも知れないな。だが魔獣に対して最も効果的な魔法を、自分で絶やすのは流石に惜しく、お前に伝える事にしたが、乱用して自国の二の舞にしない為にも、その概要をおまじないという形にぼかして伝えたと言った所だろうか。……あるいは、お前が成長してから真実を伝えるつもりだったが、それが叶わなくなってしまったか……」
「きっと、両方だったのだと思います」

 セス様の推測は、お母さんの気持ちを代弁してくださったように感じた。私の記憶の中のお母さんも、きっとそのつもりだったに違いないだろうから。

「フォスター伯爵令嬢」
「はい」
 徐に国王陛下が口を開き、私は顔を上げた。

「貴女のおまじないは、我が国にとって貴重で、喉から手が出る程欲しいものだ。母君の思いは私達も肝に銘じ、乱用しないと約束しよう。だから、魔法研究所に手を貸し、そのおまじないの全容の解明に協力してもらえないだろうか。勿論、それに見合った報酬は用意する」
 国王陛下のお言葉に、私は目を見開いた。

「貴女が望むのならば、王宮に部屋を用意し、賓客として扱おう。どうだろうか?」
「それは、丁重にお断り致します」

 折角の国王陛下のお言葉だったけれども、全力で遠慮させていただいた。
 王宮に足を踏み入れるだけで、私は緊張してしまうのだ。そこに滞在だなんて心底御免被りたい。

「魔法研究所への協力に関しましては、喜んでさせていただきます。しかしながら、セス様がお調べくださった事は、確かに筋が通っていますが、今となっては何の証拠も無く、真実は分からないのですよね? それにたとえ私がネーロ国の王族の血を引いていたとしても、私はヴェルメリオ国の国民ですので、何の意味も無いと思います。私はこれまで通り、そして母が望んだ通りに、キンバリー辺境伯領で平穏な暮らしができればそれで満足なのです。どうかご理解くださいませ」
 深々と頭を下げ、国王陛下にお願いする。

「私からも断らせていただきたい。フォスター伯爵令嬢は、私の婚約者です。その事はお話を持ちかけてくださった陛下が一番良くご存知の筈。まさか陛下自ら働きかけてくださってやっと出会えた、かけがえのない女性を王宮に残し、一人寂しく辺境の地に帰れなどと、残酷な事を仰る訳ではありますまい」
 セス様のお言葉に、国王陛下は苦笑した。

「分かった。フォスター伯爵令嬢を王宮に迎える事は諦めよう。魔法研究所に協力してくれるだけで有り難いのだからな。それに折角女嫌いの従弟殿が、その気になった相手を取り上げ、仲を引き裂く気など毛頭無い。だがまさか、セスがここまで彼女に執着するとは思わなかったぞ」

 ニヤリと笑う国王陛下から、セス様は視線を逸らす。不貞腐れた様子のそのお顔は、いつもより赤くなっていた。
 私は王宮住まいを回避できて一安心すると同時に、セス様も一緒になって断ってくださった事が嬉しくて、赤面しながらすっかり表情を緩ませてしまった。
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