なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

38.セス様の真意

 それから数日間、私は魔法研究所に入り浸る羽目になった。

「ああ成程! この部分の文字で書いた模様が最後にお祈りを捧げた時に魔力を封じ込める役割を果たしているんですね。すみませんがもう一度やって見せていただけませんか?」
「エマ! もう日も暮れているんだからいい加減にしろ! フォスター伯爵令嬢もお疲れだろうし、キンバリー辺境伯も迎えに来られているんだぞ!」
「でもお兄様フォスター伯爵令嬢がご協力くださるのは今日が最終日なんですよ!? こんな機会はもう無いかも知れないのですから後もう少しだけ」
 兄であるベネット副所長に窘められても続けようとするベネット所長に困惑しながらも、私は口を開く。

「あの、また今度王都に来た時には伺いますし、遠い所ですがキンバリー辺境伯領にお越し下されば、またご協力致しますので……」
「本当ですか!? 絶対ですよ!」

 再会時の協力を約束して漸く解放され、私はぐったりしながらセス様と馬車に乗り込んだ。研究熱心なベネット所長には感心するが、もう少しお手柔らかに願いたい。

「サラ、疲れただろう。ベネット所長の魔法への探究心は並大抵ではないからな」
「はい。ですがベネット所長のお蔭で、おまじないの事が大分分かるようになりました。それに、ベネット所長はこのおまじないの応用を考えていらっしゃるようで、もし上手く行けば、高価な魔石を使わずとも、代わりの物に魔力を込めて発動させる事ができるようになるかも知れません。そのお役に立てるのなら、私も嬉しいですし、頑張る甲斐がありますから」
「そうか」

 ベネット所長の研究に付き合わされるのは確かに大変だが、その集中力と解析能力は流石にヴェルメリオ国一の魔術師と評されるだけの事はあった。お蔭で私もおまじないについて、一つ一つの模様の意味や一連の流れへの理解を深める事ができたのだから、ベネット所長には感謝している。

「セス様も今日はお疲れなのではありませんか? お迎えに来てくださる時間が少し遅かったですし、お仕事が大変だったのでは?」
「そうだな。だが、今日で粗方は片付いた。お前にも関係がある事だから話しておく」

 セス様が話してくださったのは、フォスター伯爵家のあの三人の事だった。
 やはりあの三人は、王宮で禁止されていた攻撃魔法を使用した罪で厳罰に処せられるらしい。反逆罪で死刑になってもおかしくなかったそうだが、最終的には三人共死罪は免れたものの、異母兄は爵位を剥奪され、罪人として何処ぞの鉱山で一生重労働、異母姉と継母は厳しくて有名な修道院へ送られる事になったとか。
 私としては、今後一生二度と関わり合う事が無ければそれで良い。あの三人の行く末になど興味の欠片も無いし、心底どうでも良いのだから。

「そして、フォスター伯爵位はお前が継ぐ事になりそうだ」
「!?」
 セス様のそのお言葉は、寝耳に水だった。

 確かにヴェルメリオ国では、爵位継承は男性が優先されるが、息子が生まれなかった場合、娘に継承させる事も可能だ。この場合、異母兄はまだ未婚なので子がおらず、異母妹である私が継ぐ事もできる。だけど父の弟や、父と血縁関係にある男性にだって、継いでもらう事が可能な訳で。

「な……何故そうなるのですか? 私は領地経営なんて全く勉強した事も無いですし、荷が重過ぎます。父には親戚が居た筈……その何方かが爵位を継ぎたがるのではないのですか?」
 私が尋ねると、セス様は気まずそうに視線を逸らした。

「あの三人は莫大な借金を抱えていた。爵位を継げば当然その借金も支払わなければならなくなる。誰もその肩代わりをしたがらないのだ」
「借金……!?」
 私は頭を抱えた。

 父が亡くなってからと言うもの、あの三人は湯水のようにお金を使い、贅沢をしていたのは知っている。だけどまさか、そんな事の為に借金までしているとは思わなかった。

「では、その借金は私が返さなければならないのでしょうか……?」
 私は恐る恐る尋ねた。

 漸くあの三人から生涯解放されたと思ったのに、あの三人の代わりに私が借金の返済に明け暮れなければならなくなるのかと考えると、遣る瀬無くなる。

「その必要は無い。あの三人が借金をしている相手は俺だからな」
「!?」
 私は口をあんぐりと開けてしまった。

「……どう言う事なのか、ご説明いただけないでしょうか?」
 訳が分からずに、セス様にお願いする。

「フォスター伯爵家の連中がずっとお前にしてきた仕打ちがどうにも許せなくてな。弱味を握って叩き潰してやろうかと思い、情報収集してフォスター伯爵家の借金の債権を買い集めていた。連中がまた何かお前に絡んできた時に、手の内を明かして地獄のような取り立てをしてやろうと算段していたが、先日王宮であの三人が愚かにも自爆したお蔭で水泡に帰した。今となっては、お前にフォスター伯爵位を押し付けて、債権を持つ俺に嫁がせて有耶無耶にするのが一番良いと、親戚連中は考えているのだろうな」
「……」
 私は絶句した。

(何時の間にそんな事になっていたんだろう……。えっ、と言うかこれって、セス様が私の為に……!?)

「セス様には大変なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません……!!」
 私は勢い良く深々と頭を下げた。

「止めろ。俺がしたくて勝手にした事だ。お前が責任を感じる必要は無いし、お前から金を返してもらうつもりもない。フォスター伯爵領はお前の後見人として暫く俺が管理し、俺とお前の間に将来子ができれば、キンバリー辺境伯位とフォスター伯爵位をそれぞれ継がせるだけの話だ」
(……ん!?)

 今何か、重要な事をサラッと話されたような気がした。

「……将来、子ができれば……?」
「そうだ。俺と、お前のな」
「……私は、名ばかりの婚約者役だったのでは……?」
「俺が一度でもそんな事を口にしたか?」

 私は混乱しながら、セス様に婚約者として夜会に出席するよう頼まれた日の事を思い出す。
(え? あ、あれ? 婚約者役は、その場しのぎの事だった筈……あれ? 違う? まさか私の勘違い?)

「サラ」
「はい!」
 セス様に名前を呼ばれて、狼狽えていた私はやけに大きな声で返事をしてしまった。

「漸く俺の真意が伝わったようだな」
「……!」
 妙に不敵な笑みを浮かべるセス様に、羞恥で顔が真っ赤になる。

「今はまだ混乱しているようだな。だが、最早お前を手放してやるつもりなど無いから、覚悟しておけ」

 満足げな微笑みを浮かべるセス様を前に、私はもうどうしたら良いのか分からず、耳まで赤くしながらあわあわと慌てる事しかできなかった。
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