なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

7.辺境伯家での仕事

 翌朝目が覚めると、すっかり熱も下がっていて、体調も殆ど回復していた。

(これなら、今日からでも働けそうだわ!)

 お借りしていた高そうなネグリジェを脱いで、自分が持って来た古いドレスに着替える。だがやっぱりこの格好だと寒くて、折角治った風邪がぶり返してしまうかも知れない。情けない話だけど、お給料が前借りでき次第、最低限の服だけでもすぐに新調しないと、と思っていると、部屋の扉がノックされた。

「おはようございます、サラ様、起きていて大丈夫なのですか?」
 朝食を持って来てくれたハンナさんが、私を見て目を見開いた。

「その格好ではお寒くはありませんか? 少々お待ちくださいませ」

 暖炉に火を入れてくれたハンナさんは、部屋を出て行ったかと思うと、すぐに暖かそうなショールを持って来てくれた。

「取り敢えず、こちらをお召しになってくださいな」
「良いんですか? ありがとうございます」

 私は昨日から辺境伯に雇われた筈の身なのに、こんなに至れり尽くせりで良いのだろうか。そう思いながらも、寒さには勝てず、勧められるまま有り難くショールをお借りした。ふわふわの毛でできたショールは、肌触りも良くてとても暖かい。だけど高そうなので、絶対に汚さないようにしないと、と緊張する。

「寒くはありませんか? では朝食に致しましょうか」
「ありがとうございます。わあ、朝から豪華ですね!」

 パンに温かいスープ、卵料理にサラダにフルーツ。私は思わず目を輝かせた。朝はまだ皆が寝静まっているうちに、まるで盗むようにしてパンの欠片を口にしていたフォスター伯爵家とは大違いだ。食欲もすっかり戻っていて、私は残さず全て頂いた。

「ご馳走様でした。とても美味しかったです。ありがとうございました」
「お口に合って何よりです。料理人も喜ぶでしょう」
 食器を片付け始めるハンナさんに、私は尋ねる。

「あの、お蔭様で私の体調もすっかり良くなりました。今日からでも働きたいのですが、私は何をすれば良いですか?」
「ああ、その事でしたらお気になさらず。サラ様はまだ病み上がりですので、今日は一日大事を取っていただいて、様子を見ながら明日以降にお手伝いしていただこうと話していたんです。後程家令のリアンと共に改めて参りますので、それまでごゆっくりお過ごしください」
「分かりました。ありがとうございます」
 ハンナさんが退室し、私は取り敢えずソファーに座って寛いでみた。

(……ゆっくりって、何をすれば良いんだろう?)

 朝から朝食の配膳と片付け、洗濯、家中の掃除、昼食の配膳と片付け、買い出し、夕食の配膳と片付けに追われ、その他草むしりや虫退治等嫌がらせじみた雑用を矢継ぎ早に押し付けられて休みなく働かされなくて良いのは非常に助かる。……が、急に手持ち無沙汰になってしまって、どうしたら良いのか分からない。

(……そうだ、持って来た服でも繕おうかな。裁縫道具とか借りられないかしら)
 そう思い立ち、ハンナさんに訊きに行こうと腰を上げた所で、扉がノックされた。

「失礼致します」
 ハンナさんと一緒に入って来たのは、思った通り、ここに着いた初日に対応してくれた、初老の男性だった。

「サラ様、私は家令を務めております、リアンと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
 にこやかに一礼してくれたリアンさんに、私も頭を下げる。

「こちらこそ宜しくお願い致します。あの、私はキンバリー辺境伯に雇っていただいた身ですので、お二人共『様』は付けていただかなくて結構ですよ」
 私がそう言うと、リアンさんもハンナさんも戸惑ったように顔を見合わせた。

「そういう訳にも参りません。サラ様は伯爵令嬢なのですから」
「私は元々平民です。どうしてもと仰るのなら、私もリアン様と呼ばせていただきますね」
 にこりと笑ってそう告げると、リアンさんは困惑したように眉を下げた。

「……分かりました。では恐れながら、サラさん、と呼ばせていただきます。私の事は是非リアン、と」
「ありがとうございます。ですがこのお屋敷では私は新人でお二人は目上の方になりますので、リアンさん、ハンナさん、と呼ばせていただきますね」
「……畏まりました」

 何故かまだ朝だと言うのに、リアンさんは既に疲れているように見えた。気のせいだろうか。

「では、サラ様……サラさんの雇用形態について、ご説明致します」
 リアンさんとハンナさんの向かい側のソファーに私が腰掛けると、リアンさんが契約書を取り出して説明を始めた。

「仕事内容は基本的にハンナと一緒に洗濯や掃除、旦那様の食事の配膳等をしていただこうと思っています。時折状況に応じて他の仕事をお願いするかも知れませんが、その時も臨機応変に対応していただけると助かります」
「はい、分かりました」

 思っていた通り、フォスター伯爵家でしてきた事とそう変わらなさそうで安心した。これなら私でもできるだろう。

「サラさんは住み込みを希望されておられるので、勤務時間は旦那様のご用事によっては延長対応していただく事もあるかと思いますが、基本的には六時から二十一時までになります。また、休憩時間は朝、昼、夜の食事時間に一時間ずつと、十時から十一時の間、また十五時から十六時の間に交代で三十分ずつの、計四時間ございます」
「えっ、勤務時間が決まっていて、休憩時間まであるんですか!?」

 私は目を丸くした。碌に休憩など取らせてもらえず、時には深夜に眠れないからとかで叩き起こされて働かされていたフォスター伯爵家とは雲泥の差だ。

「は、はい。それから、お休みは他の使用人達と交代で週に一度。これは曜日で固定され、サラさんの場合は日曜日でお願いしたいと思っております。それとは別に、日程は相談する事になりますが、月に五回までは希望する日にお休みが認められます」
「えっ、お休みも貰えるんですか!?」

 私はつい前のめりになってしまった。フォスター伯爵家では毎日休まず働かされていた。これならお休みの日に、生活に必要な物を買いに行く事もできるかも知れない。

「も、勿論です。後、住み込みの者のお給料は月に一万五千ヴェルでお願いしております」
「そっ、そんなに頂けるんですか!?」
 私は目を剥いた。

(えっと、安い所なら大体五十ヴェルもあれば、一食のご飯代になるし、百ヴェルもあれば服が一枚買えるから……駄目だ、一万五千ヴェルなんて想像できない)
 取り敢えず、沢山頂ける事だけは分かった。

「以上の内容で宜しいでしょうか? 何かご不明な点、ご不満な点等はございますか?」
「あ、あの! 寧ろこんなに私に良過ぎる条件で良いのですか!?」
「え? ええ、この内容はこちらの要望ですから……」

 目をぱちくりさせているリアンさんを尻目に、私は頬を思い切り抓ってみた。
 痛い。少なくとも、これは私に都合の良い夢ではないらしい。こんな夢みたいな話があって良いのだろうか。まるでここは天国だ。
 いや、案外私は風邪を引いて倒れた時に、実はそのまま死んでいて、ここは本当に天国なんじゃないだろうか、と少しの間真剣に考え込んでしまった。
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