なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

9.変わった女

「とても美味しいですね、旦那様」
「……口に合ったのなら何よりだ」

 テーブルを挟んだ向かいの席で、目を輝かせながら、何の変哲もない芋料理を、さも美味そうに味わいながら食べるサラを見遣りつつ、俺は自分の分を口に放り込んだ。不味くは無いが、取り立てて美味い代物でもなく、慣れ親しんだ普通の芋の味だ。

「このパンも美味しい……。あ、こっちのお野菜も……!」

 どれも普通の料理だが、サラはまるで極上の料理を口にしているかのように、目を細めて幸せそうに咀嚼している。
 やはり、この女は変わっている。

 気は進まなかったが、街に行くついでなのだからと、とても良い笑顔を浮かべたハンナに押し切られる形で、サラを同行させる羽目になってしまった。どうせ他の令嬢達のように、この土地がどれ程田舎かを目にして気を落とすに決まっている。そう思っていたのに、畑しかない景色を飽きもせずに眺めるわ、ここにずっと住む気でいるような事を口にするわ、田舎料理を美味そうに食べるわと、俺の予想外の言動ばかりしてくる。こんな令嬢は、今まで見た事も無い。

「あの、ご馳走してくださり、本当にありがとうございました。とても美味しかったです、旦那様!」

 食べ終えて店を出ると、サラは恐縮しながらも、満面の笑みを浮かべて礼を言ってきた。これも今までに無かった事だ。

「気にするな。ところで、服を買いに行きたいのだったな」
「はい。ですが、旦那様を付き合わせてしまうのも申し訳ないので、この辺で一番安いお店をご存知でしたら、そこに連れて行っていただけませんか? すぐ終わらせますので!」
「……」

 またもや予想外の答えが返ってきて、俺は少しの間、絶句した。
(……まさかとは思うが、この女、値段で服を決める気なのか?)

 頭を抱えそうになりながらも、一応希望通りに、庶民向けの安い服を売る店に連れて行くと、サラは目を輝かせて服を物色し始めた。

「わ、この服七十ヴェルだわ! えっこっちは五十ヴェル!? 安い!」

 嬉々としてサラが手に取る服は、田舎でも型落ち品になるデザインだったり、暗過ぎる色だったり、地味で野暮ったく見えるものだったりと、人気が無く破格の割引商品になっているものばかりだ。
 いい加減見ていられなくなった俺は、サラを店から引っ張り出した。

「今からお前を俺の馴染みの店に連れて行く。服ならそこで買え」
「えっ、でも旦那様の馴染みのお店なら、お値段がお高いのでは……?」
「仮にもキンバリー辺境伯邸で働こうとする者が、値段だけで服を選ぶな。ちゃんと自分に合う質の良いものを選べ」
「で、ですが、私はお金が無くて……」
「金なら俺が出してやる」

 口に出してから、自分でもその言葉に驚いた。今まで貴族令嬢相手に何かを買い与える気になった事など一度も無かったのだから。

「えっ……で、ですが、流石にそれは申し訳ないです! 私が着るものなのに……。それでなくても、旦那様には雇っていただいたり、街まで連れて来ていただいたり、昼食を奢っていただいたりと、ずっとお世話になりっ放しですのに、これ以上ご迷惑をお掛けしたくありません……!」
 サラは尻込みしているが、こちらとて一度口にした言葉を取り消すつもりなど無い。

「住み込みのお前に安物の似合わない服で屋敷の中をうろつかれたくない俺の我儘だ。つまりキンバリー辺境伯邸で働く為の必要経費、という事は俺が服の代金を支払って当然だろう」
「……も、申し訳ありません……」
 眉尻を下げ、肩を落として小さくなってしまったサラに、俺は戸惑う。

 普通の令嬢なら、服を買い与えれば喜びそうなものなのに、何故サラは落ち込むのか。どうにも上手く行かなくて、俺は溜息をついた。こんな悲しそうな顔をさせるつもりは無かったのだが……。

「……それか、お前の就職祝いだとでも思えば良い」
 少しでもましな言葉を探してそう口にすると、サラは目を丸くして顔を上げた。

「は、はい……! ありがとうございます!」
 漸くサラに笑顔が戻り、俺は知らず胸を撫で下ろしていた。

 馴染みの服屋に入ると、俺の顔を見知った店主がすぐに駆け付けて来た。

「彼女に合う服を五着。それと下着と寝間着も十組程見繕ってやってくれ」
「か、畏まりました」

 目を白黒させながらも頭を下げる店主と店員達。大方、俺が女連れなのが珍しいからだろう。

「だ、旦那様、私、そんなに必要ありません。仕事中は制服だと聞いていますし」
 この期に及んで尚も遠慮するサラをじとりと見遣る。

「冬は雪で洗濯物が乾かない事も多い。替えの服は必要だ」
「は、はい……」

 中年の女性店員に連れられて、サラは採寸をしに店の二階へと上がって行った。これで少しはまともな服を着るだろう。

 一階で紳士服を眺めていると、暫くして店員が呼びに来たので二階に上がる。幾つかある個室の内一室に案内されて中に入った。

「如何ですか? 閣下。可愛らしいお嬢様に良くお似合いだと思うのですが」

 流石はプロの仕事だ、と俺は感心した。
 クリーム色の暖かそうなワンピースは、シンプルなデザインだが所々にフリルが付いていて、華奢なサラの体型に女性らしいボリュームを持たせている。女性の服の善し悪しなど俺には良く分からないが、少なくとも先程サラが自分で選んでいた服よりは、余程似合っていると確信が持てた。やっとまともな格好をしたサラの姿に、知らず俺の口角が上がる。

「悪くない。その調子で頼む」
「畏まりました」
「あ……ありがとうございます、旦那様!」

 嬉しそうにはにかむサラの笑顔を目にして、俺は満足した気分で個室を出た。
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