もう一度、重なる手

「翔吾くんと別れたいって思ってることと、アツくんの存在は全く関係ないよ」

「黙れ! 俺の前で、他の男の名前なんか口にするな!」

 感情的に叫んだ翔吾くんが、私に向かって拳を振り上げる。次の瞬間、左目の下辺りに鈍い衝撃が走った。

 身体が後ろによろけて尻餅をつき、すぐにまた、左耳の横に衝撃がくる。それが、痛みに因るもので、自分が殴られたのだと気付くのにしばらく時間がかかった。

 いくら怒りに駆られたとはいえ、翔吾くんが私の顔を撲るなんて思っても見なかったから。

 床に尻餅をついた状態で茫然としていると、私に馬乗りになっていた翔吾くんが、ハッとしたように自分の手のひらを見つめた。翔吾くんも、衝動的に起こした行動に驚いているのだろう。

 顔面蒼白になって、私を殴った右手をブルブルと小刻みに震わせていた。

「違う……。史花、ごめん……」

 翔吾くんが唇を震わせながらそう言って、床に尻餅をついた私を助け起こす。それから、震える手で私の左頬に触れると、泣きそうな顔で謝ってきた。

「史花、ごめん。こんなことするつもりじゃなかった……」

 茫然と立ち尽くす私の頬を撫でながら、翔吾くんが譫言のように謝罪の言葉を繰り返す。

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