もう一度、重なる手
「うん。同僚の人に誘われて、仕事帰りに会社のビルの下のカフェでお茶してたの」
少し迷った後に、私は翔吾くんに中途半端なウソをついた。
会社の下のカフェでお茶をしたのはほんとう。だけど、お茶した相手が同僚だということはウソ。
アツくんのことを話してもいいかなと一瞬考えたけれど、今の翔吾くんにアツくんとの関係をイチから説明し始めたら、時間がかかるうえに面倒なことになりそうな気がする。
「同僚って、史花と同じ部署の?」
「そうだよ。由紀恵さん」
私が同じ部署で仲良くしてもらっている先輩の名前を出すと、翔吾くんも納得したらしい。「そう」とつぶやいて、私を拘束する腕を解いた。
半袖のブラウスからのぞく自分の腕に触れると、寒くもないのに肌が冷えている。私は、そっと両腕を重ねて引き寄せると、手のひらで擦って肌を温めた。
「翔吾くん、何か食べる? パスタでよければすぐに作れるよ」
「うん、食べる」
振り向いて見上げた翔吾くんのまなざしは、さっきまでよりもいくらか和らいでいる。翔吾くんからなるべく自然な動きでゆっくりと離れると、私はキッチンに向かって歩きながら細く息を吐いた。