この胸が痛むのは
トルラキアから帰国した翌週末からスローン侯爵家へ通った。
嫡男のプレストンも帝国へ留学して、見事な絵画や典雅な彫刻で飾られた侯爵家なのに、殺風景な印象を与えている。

3年前まで2週間毎に、アグネスに会う為にこの邸に通った。
俺が譲って貰ったアールの母犬バックスは亡く
なって、今は妹犬元4号のルビーだけがこの家
に残っている。

あの頃、この邸は賑やかで、いつも暖かい印象
だった。
それをこんなに寂しく、寒い邸にさせたのは、
自分だと忘れてはいけない……



先触れを前日に出して、翌日訪れる。
侯爵とは会って直ぐにドレスの代金の話をして、断わられて。
その後は違う話を1時間して、最後にまたドレスの話をして、拒否されて帰る。
これを4か月弱、続けた。

平日も時間があれば、財務大臣の執務室を覗く。
秘書官が俺に気付いて席を立つ。


「今は来年度の騎士団の予算編成について、報告を受けておられます」

「時間がかかりそうだね?」

「申し訳ありません。
 大臣の時間が取れそうになりましたら、
ワグナー殿へ伝令を差し上げます」

段々顔馴染みになってきて、大臣の執務室メンバーは俺に協力的になってきた。


そうして侯爵には内密に、執務室からカランへ
連絡が来て、俺は時間があれば財務大臣室に向かい、またドレスの事を頼み込んだ。


< 518 / 722 >

この作品をシェア

pagetop