さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
「輪島市の港町付近で暮らしているっていうことは知っていた。そのあと、どこにいるかわからなくなって……君のことをずっと探していたんだ」
 なぜ探していたのか、その答えを問いたい。彼もずっと想っていてくれたということなのか。
 それとも――。
 ふと、修蔵のことが蘇ってきて、光莉の顔からさっと血の気が引いた。連れ戻しにきたのではないか、と。
 しかし律樹はすぐにそのことを察したらしく、即座に首を横に振った。
「君から奪うものなんて、もう何ひとつないよ」
 寂しげな律樹の表情に、胸が締めつけられる。彼がどんな想いで過ごしてきたかを考えたら何も言えなかった。むしろ、光莉の方が彼から奪ってきたのだ。葵生のことも――。
「あおくんのママー!」
 保育園の玄関の方から保育士の声がして、光莉はハッとする。律樹を尻目に、葵生の手を繋いでくれている保育士の方へと駆けだした。
「ごめんなさい。お迎え遅くなってしまって」
「いいえ。とってもおりこうでしたよ。お友だちとも仲良く、給食もいっぱい食べましたよ」
「ありがとうございます。今日もお世話になりました」
「まっま!」
 両手を伸ばして葵生がよたよたと歩いてくる。光莉も同じように両手を伸ばした。
「ただいま、葵生」
 ぎゅうっと抱きついてくる葵生を抱き上げ、同じように小さな体をぎゅうっと抱きしめ返してから、光莉はそろりと律樹の方を見た。
 ずっと真実は隠しておこうと思っていた。けれど、光莉が葵生を預けている保育園を訪れたということは、もう既に知っているのかもしれない。
「あおい……っていうんだね。どういう字を書くの」
 律樹が控えめに尋ねてくる。
 言葉にしたら、空白の時間に彼を想い続けたことが一気にこみ上げてきてしまいそうで、光莉はスマホの画像を見せた。それは、出産したときに命名の筆をとったときのものだ。
「葵生……いい名前だ」
 律樹が目を細めて名前を指先でなぞる。それから葵生を見つめた。葵生はきょとんした顔をして光莉にしがみつく。
「ま、ま?」
「あーくん、ごめんね」
 光莉は葵生の髪をやさしく撫でながら、こみ上げてくる涙を必死に我慢した。
 そうだ。律樹から葵生を奪い、葵生から律樹を奪った。律樹のぶんまでひとりでこの子を愛していくと決めた。あのときはそうするしかなかった。けれど、今になって思う。自分は間違っていたのだろうか。
< 124 / 132 >

この作品をシェア

pagetop