さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
「本日はお目にかかれて光栄にございます」
 燕尾服の白髪の男性が恭しく頭を垂れる。その隣にいるメイド服を着た中年の女性が冷めた目でこちらを一瞥し、同様に頭を下げた。彼女を筆頭にならぶ年若い女性たちも揃って礼をとった。
「何かお困りのことがあればお声がけください」
「は、はい。よろしくお願いします」
 光莉は目が回るような思いで、彼らの名前と顔を記憶に留めようとするが、すぐには覚えきれないかもしれない。
「父さんは?」
 律樹が雄介に問いかけると、
「まもなく帰ってくるらしいよ。こんな日くらい早く帰ってきてもいいのにねえ」
 雄介が他人ごとのようにそっけなく言った。
「お義父様はあなたみたいに暇じゃないのよ」
 麻美が皮肉っぽく言って悪戯に微笑むと、雄介が口を挟んだ。
「聞き捨てならないな。誰が暇人だって?」
「あら。図星で怒るなんて、自覚があるようね」
「君のその可愛げのない態度はどうにかならないのかな」
 どうやら雄介と麻美の夫婦仲はあまりよくないらしい。気まずい空気が漂う。光莉は一層いたたまれない気持ちになる。
 律樹は辟易した顔をし、ため息をこぼした。
「夫婦喧嘩はあとにしてくれ」
「ごめんなさい。お義兄さんがそうおっしゃるなら」
「ふん」
 雄介が不機嫌に表情を歪め、鼻を鳴らす。ハラハラしていると、玄関の方から物音が聞こえてきた
「あら、噂をすれば。帰ってきたみたいね」
 麻美が言った。
 たちまち光莉は新たな緊張に身を包む。自然と背が伸びていた。
「――やあ、遅くなってすまないね」
 秘書を従えてやってきたのは、常盤家の当主、常盤修蔵(しゅうぞう)――。
 メディアで見たことがあるけれど、実際に目の前にすると、その威厳に気圧されてしまう。
「お忙しいところ時間を作ってもらってすみません」
 律樹はかしこまったように言った。親子の間にどことなく距離が感じられる。少なくとも、光莉と幸雄のような親しい親子関係ではないのだろう。
「構わないよ。それで、山谷食品社長のご息女というのは貴方のことかな?」
「は、はい」
「よくぞ、ご決心されましたね」
 もう何度目かわからない品定めの視線。けれど、修蔵はすべてを語らないまでも、その一言で、光莉の内心を裸にしてしまう迫力があった。すべてを見透かされてしまいそうな、彼の眼光の強さにぎくりとする。
「……っ」
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