さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 再び邸の中に静寂が訪れる。最初に口火を切ったのは麻美だった。
「さあて、お義父様も出かけたし、私もちょっと出かけてくるわ。予約していたブティックに連絡しなくちゃ」
「僕も忙しい身なので。これにて失礼するよ」
 雄介は仏頂面を下げたまま眼鏡のテンプルを押し上げ、その場から立ち上がった。
「それじゃあ、お義兄さん方、ごゆっくり」
 麻美は冷めた笑顔を浮かべ、それから踵を返した。
 残されたのは律樹と光莉だけだった。どうしていいかわからず律樹を見上げると、彼は肩を竦めてみせた。
「俺たちふたりだけ、か。この家なんてそんなものさ。まあ、一応、気を利かせてもらったということにしようか」
「あの、麻美さんと雄介さんは……いつもあんな感じなの……?」
「ああ。そうだね。あのふたりは数年前、父が用意した見合いで出会った。雄介は俺の腹違いの弟で、年齢はひとつ下なんだが、父の目に映りたいがために言いなりな節があってね。父の機嫌を損ねないように承諾しただけ。麻美さんは財産目当てで常盤家にきた人だから、自分の地位を守ることに一所懸命なだけ。ふたりが仲良くする理由もないし、無論、俺たちと仲良くしようだなんて気はさらさらないだろう。君が気にする必要はないよ」
 気にする必要はないというその言葉は、律樹なりの思いやりだと思って素直に受け止めていいのだろうか。光莉は何も言葉にならず、小さくため息をついた。既に前途多難を極めている気がしてならない。
「どうぞ、こちらへ」
 食堂に案内され、律樹と光莉は部屋を移動する。
 歓迎されるとは思っていなかったけれど、改めて突き付けられる事実に心が凍り付いてしまい、表情筋がうまく動かない。
 察したらしい律樹が、光莉の椅子を引いてくれた。
「唯一自慢できることとしたら、うちで雇っているシェフの腕が確かだっていうことだ。せっかくだから食べるといい」
「え、ええ」
 光莉は言われるがまま椅子に座って、それから律樹とテーブルを挟んで向かい合った。
 用意されている食器やカトラリー類はきっと高級なものに違いない。次から次へと運ばれてくる、一流のシェフが腕を振るったという料理はとても素晴らしい。
 けれど、うまく喉を通っていかないし、味もあまりわからない。
 光莉はとうとうフォークとナイフを置いてしまった。
「ごめんなさい。せっかくだけれど」
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