さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 麻美が本格的に光莉に意地悪をしはじめたのは、この間、佐川貴美子と娘の麗華を招いた日以来だと思う。麻美は光莉が彼女らに気に入られたことがよっぽど気に入らなかったらしい。それ以来、ふたりにはお茶に招かれていて交流が続いているのだが、そのたびに麻美にはいつものように嫌味を吐かれている。
 こんなことなら、あのとき、麻美の思惑のまま、失敗していた方がよかったのだろうか。でも、そんなのは理不尽だ。屈したくない。光莉もだんだんと意地になっていたところがあるかもしれない。自分から折れた方が楽なこともあるというのに。
 けれど、失敗してもうまくいっても、どちらにしても、光莉が何をしても麻美は気に入らないのだから、結局はもうどうしようもない。
 金沢にいたときなら、早苗をはじめ工場のおばちゃん方に話を聞いてもらってすっきりしていたのに。今は誰とも話をすることができない。籠の中の鳥には自由がない。せいぜいバサバサと身じろぎするだけで、勝手に空へ飛ぶことは許されないのだ。
 にゃーという声が聞こえ、光莉は鳴き声の方を見る。縁側の下に二匹の猫が寄り添う姿が見えた。どこからか紛れ込んだのだろうか。かわいい、と目を細めるけれど、近づきたいのをぐっとがまんする。光莉は猫アレルギーなのだ。
 君たちもここにはいない方がいいよ、と心の中で囁く。聞こえたのか否か、猫はふらりといなくなってしまった。私も自由にどこかへ行けたらいいのに、ともう何度思ったかわからない。
「――はあ、疲れた。どうしたらいいっていうの」
 本音をこぼして空を仰いだときだった。
「そこのおねえさん」
 横からぬっと顔を覗き込まれ、光莉は飛び上がるほど驚いてきゃああっと声を上げてしまった。
「ごめん。おどかすつもりはなかったんだけど」
 ばつが悪そうに長い指先で頬をかいているのは、作務衣を着た庭師の弟子……長澤颯太だった。彼の背後にしょぼんとした子犬の尻尾が見えた気がした。
「こ、こちらこそ、ごめんなさい。もしかして、私、お仕事の邪魔をしてましたか?」
 ばくばく跳ねあがっている心拍数を感じつつ、光莉は彼に尋ねた。
「あ、そうじゃないよ。こっちも休憩でさ。あなたがものすごい寛いでいたのはわかった」
「こういうところが甘いのね、私」
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