さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 着物の裾から足を伸ばしていただらしない自分の居住まいを慌てて直し、光莉はますますきまりわるくなる。
「さっきの、俺、見てたよ」
「え?」
「おねえさんが、麻美さんに意地悪されてたところ」
 颯太は言って、光莉が座っている縁側の目の前にある岩に腰を下ろした。
「えっと、何かの勘違いでは」
「ごまかさなくたっていいよ。俺、ここにいる間に、一族の人のそういう部分見てきてるから」
 あっけらかんとしている颯太に、光莉はどう応えていいか戸惑った。もう彼にとっては慣れっこということだろうか。
「いい玩具になっちゃったんだね」
 憐れむように言われてしまい、光莉は肩を竦めた。
「そうだね」
 ため息ばかりこぼれてしまう。
「けど、負けてなかったじゃない。光莉さん、ナイスファイトだよ」
「そ、そうかな? あ、私の名前……」
「麻美さんが連呼するから覚えちゃったよ。ちなみに俺の名前は……まあ、聞いているだろうけど」
「う、うん。颯太くん、だよね」
 光莉は前に律樹から教えてもらった名前をそのまま口にする。
「正解」
 颯太が笑顔を向けるたびに、光莉はそわそわと落ち着かない気持ちになった。
「意外だな。あの人が選んだ相手があなたのような人なんて」
 颯太の言うあの人というのは聞くまでもなく律樹のことだ。
 律樹と颯太が異母兄弟であることは律樹の口から聞かされた。それを話題に出してもいいものだろうか。光莉の視線を感じとったのか、颯太が自虐気味に笑う。
「あの人に色々聞いてるんでしょ。遠慮しないでいいよ。俺、気にしてないから。この家の中に正当な血統書つきの犬なんて、ご当主様以外に存在しないしね。かえって一族に入って苦労する方が面倒だ。今の光莉さんみたいに」
「たしかに、これはこれでね」
「光莉さんも庭師になってみる?」
 まるで散歩にでも行く?と軽く誘うみたいに彼が言うので、光莉は苦笑する。
「なれるなら、なってみたいものね。でも、そう簡単な仕事じゃないでしょ。技術もセンスも体力もいる」
「まあ、そうだね。俺もまだまだ修行が必要だ。けど、いつかは親方みたいになりたいと思ってるよ」
 颯太は言ってから照れくさくなったのか、鼻の下を軽く指でこすった。そんな彼を見たら、光莉は自然と微笑んでいた。
「そっか。夢や目標は、生きる糧だものね」
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