さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
「そ。だから、光莉さんも負けないで頑張ってよ。愚痴ならいつでも聞くからさ」
 光莉は目を丸くする。彼はわざわざそれを言いに声をかけてくれたのだろうか。颯太の気持ちが嬉しくて、光莉は頬を緩ませた。
「ありがとう」
 それじゃあと手を振る姿はやはり人懐っこい子犬のよう。なんとなく憎めないし和やかな気分になる。この邸の中で、たったひとつの癒しを見つけた気がした。

* * *

 翌日――。
「あら、光莉さん、随分と遅い起床なのねぇ」
 麻美の嫌味からはじまった日曜日の朝、光莉は彼女を無視してさっと身支度を整え、広い食堂でひとり黙々と食事を済ませた。とにかく彼女の目につくところにいなければいいのだ。
 しばらくすると、律樹が光莉の部屋を尋ねてきた。遅い時間に帰ってきたので、朝はゆっくり過ごすという話を彼から聞いていたのだが、何かあったのだろうか。
「これから少し、気晴らしに外に出ないか?」
「え、いいの?」
 光莉はたちまち目を輝かせた。
 光莉は基本的にひとりでの外出を許可されていない。大事なお使いや訪問などを許されるのは、女主人としての自覚や気質が認められてから、という習わしらしい。
「でも、律樹さん、昨日はだいぶ帰りが遅かったし、疲れているんじゃない?」
「せっかく仕事が休みのときくらい、光莉とゆっくり過ごしたいから」
 律樹が穏やかに微笑む。彼の気持ちを嬉しく思っていると、
「君のこと独り占めする時間が欲しい」
 飢えた獣が獲物を見るような、或いは番への求愛をするような、熱のこもった眼差しに射貫かれ、鼓動が脈を打つ。
「……っ!」
 律樹はたまにこうしてさらっと甘いことを言う。そのたびに光莉は動揺させられてしまう。どの口が平然とそんなことを言うのか、小一時間ばかり問い質したくなる。
(こういうところは、昔と変わらないのね)
 きっと独り占めするという言葉に深い意味なんてない。ただ言葉のチョイスが誤解を与える並びであるだけだと思う。
(うん、そうよね……そうじゃなきゃ、二重人格説が浮上するレベル)
 律樹は天然の人たらしなのだ。だから今の光莉みたいに彼から好意を向けられたと勘違いする女の子がたくさんいたし、光莉もよくやっかみにあったものだった。
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