さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 主と使用人の線引きをすることは必要、という教育だったようだが、何となく若奥様と呼ばれたことが腑に落ちないままに外に出ると、白いスポーツカーに寄りかかるようにして待っている律樹の姿があった。
 光莉が身支度を整えている間に、律樹はガレージから門の外に車を移動したらしい。
「お待たせしました。ごめんなさい。タイミング悪く、律樹さんのこと探してしまって……遅くなりました」
「ああ、こっちこそごめん。白井に伝えればいいかなと思って。すぐ出発できるから」
「そっか」
「どうした? なんかあったのか?」
 律樹に顔を覗き込まれ、光莉はきょとんとしたあと、頭を振った。
「え? ううん。何かさっき、若奥様って呼ばれて。そんなふうに一度も呼ばれたことなかったから……」
 ひょっとして、さっき褒められたことで、嬉しい気持ちが表情に出ていただろうか。光莉は思わず自分の緩んでいた頬に手をやった。
「へえ」
 律樹が驚いたような顔をしたので、光莉はますます首を傾げた。
「白井がそう呼ぶっていうことは、光莉のことを身内だと認めたのかもな」
「え、そういう意味だったの?」
 光莉は思わず目をぱちくりとさせた。
「さあ。気に入ってくれたとか。多分」
「ええ? どっち?」
「少なくとも、麻美さんのことは未だに呼ばないよ、あの人」
「そ、そうなんだ」
 律樹は興味のない相手にはドライな部分がある。ずばっと言われると、光莉としても反応に困る。このあたりは昔と違う部分かもしれない。
「光莉の頑張りを見ていてくれているんじゃないか?」
 ふわり、と一瞬だけ律樹がやさしく微笑んだ。その表情からは、心から告げてくれていることが伝わってくる。少なくとも、律樹にとって光莉は興味のある相手だと思っていいだろうか。
 思いがけない言葉をもらって、光莉の胸のうちに蝕んでいた疎外感や孤独感といった棘がすっとやさしく抜けた気がした。
 他の誰でもない彼にそう言われることが、ひとりで戦っているんじゃないと励まされるようで心強くなる。必死に積み上げつつあった強がりの防御壁が一瞬で瓦解してしまいそうになった。
 こんなにも自分は脆かっただろうか。泣きそうになるのを我慢しながら、光莉はなんとか内側から言葉を生み出そうと試みる。
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