さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
「実を言うと、ちょっと……ちょっとだけ、へこんでたの。だから、そう言ってもらえると……何だか、すごく嬉しい」
 大丈夫だと言い聞かせて、必死に立とうとしていた。そんな自分に気付いてしまわないように、自分のことを見て見ないふりをした。ただ闇雲に数をこなしたって仕方ないのに。
 ふっと目尻に律樹の親指が触れて、光莉は驚いて彼を見た。彼の色素の薄い瞳がはっきりと間近に見え、ともすれば唇が触れてしまうのではないかと思うくらいの至近距離に、息が止まりそうになる。混乱のあまりに頭が真っ白に染まりかけた。
「……泣いているんじゃないかと思ったんだ」
 心配そうに律樹が見つめてくる。
「こ、これは、さっき欠伸したからよ」
 苦しい言い訳だっただろうか。心臓の音がいちだんと大きくなり、光莉はひとり焦っていた。
「一応言っておく。俺も君には感謝しているんだ。これでもね」
 律樹にくしゃりとさりげなく髪を撫でられ、光莉は心臓を握られたのではないかという錯覚に陥った。今度こそ、本当に泣いてしまいそうで、光莉はとっさに険しい表情を作って見せた。
「や、やだな。みんな私のこと急に甘やかして、何か裏があるんじゃないかって思っちゃうんですけど」
「こういうときは、素直に受け止めろよ。そんなに穿った見方をする必要はないよ」
 と、律樹は小さく笑った。
 ひとまず出ようか、と律樹が助手席のドアを開けてくれた。今の今で律樹の顔をうまく見られないまま、おずおずと身を滑り込ませる。
 運転席に律樹が乗り込む姿を横目に、光莉は緊張して固まっていた。
 白いスポーツカーに乗り込む御曹司は、昔の童話でいう白馬の王子様といってもいいだろう。見た目が王子様の彼がそれをこなすと、自分は映画の中にいるのではないかという錯覚すら覚える。それほど絵になっていた。
「律樹さん、自分で運転もするのね」
「まあ、免許は身分証代わりに必要だったからな。光莉は?」
「私も免許は持ってるよ。取引先を回ったりとか、社用車で運転してたし」
「そっか」
 光莉は失敗したな、と思った。山谷食品のことは話題に出すべきじゃなかった。せっかく気分転換に誘ってくれたのに、現実に引き戻してしまった。
「じゃあ、出発しようか。ああ、その前に……」
 律樹がこちらを向いて、真剣な表情で光莉に近づく。吐息がかかるくらいの距離を詰められ、光莉はパニックになる。
< 65 / 132 >

この作品をシェア

pagetop