さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
「私だって、そう……よ」
「それなら、一緒に溺れればいい。そういう日があってもいいだろう?」
「あ、あ……っ」
 くしゃくしゃになったシーツはまたさらにくしゃくしゃになって、引いたはずの熱が蘇り、肌は汗ばんでいく。
 朝からこんなことをしていていいのだろうか。ふしだらではないのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎったが、彼の腕の中で激しく愛されてしまえば、もう他には何も考えられる余裕はなくなってしまった。
 好きな人に愛されるということが、これほどまでに昂揚させられるものだとは想像もしていなかった。
 初めて感じる幸せに身を委ねているうちに、ふたりの関係を面白く思わない人々がいることなど、すっかり頭から抜けていた。
 愛さえあれば、なんとかやっていけるかもしれないという希望が、問題を些末なものとして捉えてしまっていたのかもしれない。
「――せいぜい愉しんでおきなさい。そうやっていられるのも今のうちよ」
 邸の中に、不穏な呟きが消えていった。

◇7 愛しているからこそ

 十二月になると、常盤家の別邸の庭に真っ赤な椿が花を咲かせるようになった。艶やかな美しさに目を奪われながらも、金沢の山々にうっすらと積もる純白の雪が恋しくも感じられた。
 十五時頃、生け花のお稽古でさっそく椿の花を生けたあと、光莉は別邸の稽古部屋から茶室へ移動した。今日はこのあと特に予定が入っていない。せっかく着物姿だったので、お茶を点てる練習をしようと思ったのだ。
 気の済むまで集中し、お抹茶をいただいてから、光莉は控えの間で着物から洋服へと着替えた。着物の着付け方も一から学んで、お花やお茶も少しずつ慣れてきた。ピアノは相変らず弾けないけれど、たまに律樹が教えてくれるヴァイオリンのレッスンは幼少期に戻ったみたいで幸せだった。次にレッスンするときまでに上達できるようヴァイオリンの練習をしようか、と思いつく。
 一旦自室へ戻るため、邸の方へ繋がる渡り廊下を歩く。
 曇天の空の下、まもなく日が暮れる時間だ。気温がだいぶ下がっている。空気は張りつめ、風の通り道になっている渡り廊下は指先がかじかんでしまう。今日もまたいつものように麻美に嫌がらせをされ、足に青あざができてしまったのだが 、その部分にもじんとした痺れを感じた。
 痛む場所を摩り、立ち止まったとき、久しぶりに当主の修蔵と秘書の姿を見かけた。
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