さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 通話に出たのは父ではなく――川岸だった。以前に倒れたときと同じだ。嫌な予感がして、光莉はすぐに川岸に問うた。
「お父さんに何かあったんですか?」
『光莉さん、落ち着いて聞いてくださいね。社長がご自宅で倒れて……』
 午後、光莉が閉じ込められている間に、幸雄は倒れたらしい。
『それから、ついさっき……』
 川岸が言葉を詰まらせる。告げられた無情な事実に、光莉は震える手でスマホを握りしめたままその場で立ちすくむ。
「そんな――」
 すべての音が遠ざかり、何も聞こえなくなっていく。頭が真っ白になっていた。
「光莉?」
 律樹の声がして、光莉はハッとする。
「……っ律樹さん、父が――」
 ついさっき息を引き取った。その事実を受け止めきれず、言葉がうまく出てこない。
 律樹の顔が強張ったのがわかった。瞬く間に光莉の視界がぼやけて彼の表情が見えなくなっていく。
「急いで向かおう」
 律樹が光莉の肩を抱き寄せ、頭をやさしく撫でてくれる。光莉はただ頷くしかできない。今は何も考えられなかった。
 それから光莉は律樹と共に急ぎ金沢に向かったが、自分がどこに立っているのかもわからなくなるほど、まるで宙を浮いているようだった。故郷に帰ることを許されたのが、こんなときだけだなんて、あまりにも哀しすぎる。
 嫌だ。信じたくない。顔を見るまで信じたくない。また声が聞けるはずだ。また笑顔が見られるはずだ。
 これは嘘で、悪い夢で、現実ではないのだと、誰かそう言ってほしい。
 移動中に通知がひとつ届く。
【余計なことを喋れば、すべて容赦なく潰す】
 追い打ちをかけるようなあまりにも残酷なメッセージを見て、光莉はスマホを握りしめ、唇を噛む。脳裏には修蔵の下卑た笑みが浮かんでいた。
 病院に到着し、幸雄と対話することを願っていた光莉は、それが叶わぬ現実だと思い知る。青白い顔をした幸雄が目を少しだけ開いたまま、虚空を見つめていた。呼吸は止まり、魂がそこにはもうないことを示している。とっさに握った手は冷たく、とうに温もりが失われていた。
「お父さん、お父さんっ……!」
 光莉は幸雄の亡骸に縋りながら、何度も父を呼んだ。
 父は何も知らずに逝ってしまった。
 真実を伝えることができなかった。花嫁姿を見せてあげることだってできなかった。
 ぷつりと、繋ぎとめていた糸が切れそうになる。
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