さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 律樹さん、私、あなたのそばにいられない。耐えがたい喪失感から、そんなふうに弱音が溢れ出してしまいそうになる。
 光莉はそれすらものみ込んで、ただ絶望に打ちひしがれる他になかった。

* * *

 年が明けてから、光莉は常盤家の行事を淡々とこなした。幸雄が亡くなって四十九日もまだ過ぎていない中、本来なら正月行事は控えるのが筋だが、常盤家に嫁いだ光莉には当然のように喪に服する権利もないらしい。
 哀しみと虚しさと憎しみと、まとまりのつかない感情が行ったり来たりする。そしてどうしようもない喪失感に心が冷えていくのを感じていた。
 会いたくてももう会えない。何も知らずに父はこの世を去った。その事実を光莉はどうしても受け入れることができずにいた。
 幸雄を喪ってからというものの、光莉は着物の帯をきつく縛るように心までも閉ざし、魂のない人形のようだったかもしれない。
 律樹が心配してくれても、白井が世話をしてくれていても、周りを気遣う余裕はなかった。律樹と共に夫婦になっていこうと目標を立てた希望が見えなくなっていく。一体何のためにここにいるのかがわからなっていく。
 ここから出て行きたい。今すぐ消えてしまいたい。そんな衝動に駆られることもしばしばあった。
 いくら麻美に嫌味を言われても、意地悪をされても、何も感じなくなってしまっていた。
 そんなある日のこと――。
 朝から熱っぽくふらふらしていて、急に吐き気を感じた光莉は、不思議な感覚に苛まれる。
 精神的な不調が続いていたせいで、いよいよ身体的にも影響がではじめたのだろうかと思ったが、同時に、生理がしばらくきていなかったことに気付いたのだ。
(もしかして……妊娠してる?)
 律樹と愛し合っていたら、いつかはそうなることももちろん考えていた。けれど、前とは状況が違っている。よりにもよってこんなときに妊娠だなんて――。光莉は先の見えない不安に駆られた。
 ひとりで自由に外出できいない状況であるため、病院に行ってしまえば、常盤家の人々の耳に入るかもしれない。
 自由のない邸の中、光莉はじわじわと危機感を抱いた。
 もしもお腹の子のことが当主の耳に入ったら?
『――子供のひとりくらい産ませてからでもいいがな。使えるコマは多い方がいい。もし、邪魔だてをしようものなら、大事にしているものから容赦なく潰せ』
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