さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす
 修蔵の言葉が脳裏に蘇ってきた。
 最悪子どもだけを奪われ、光莉は邸から追い出されるかもしれない。想像しただけで身震いがする。そうしている間にも何度も吐き気がこみ上げてきては慌ててハンカチで口元を押さえ、浅い呼吸を繰り返した。
「若奥様、どうなさいましたか」
 メイド長の白井に声をかけられ、光莉は表情を強張らせる。常盤家の人間は律樹以外もう誰も信じられない。しかしこのままでは埒が明かない。どうしようか迷った末、光莉は白井に相談することにした。
「誰にも言わないと約束をしてほしいの」
 もしも妊娠判定がはっきりしたら、自分の口から律樹に伝えたいと念を押し、情報が少しも漏れないように白井に頼んだ。
「承知しました。すぐに行ってまいります。決して口外いたしませんのでご安心くださいませ」
 白井は何も勘繰ることなくすぐに応じてくれた。
「白井さん、ありがとう」
 彼女には信頼を置いていた。一族の人間に辛い仕打ちをされても、白井だけは変わらずに接してくれていた。 律樹と光莉のことを見守ってくれていたようだし、若奥様と呼んで目をかけてくれたことを感謝もしている。
 たとえ彼女に裏切られたとしても、病院に行ったわけではないし、まだ判定する前ならいくらでも言い逃れくらいはできるだろう。白井には今まで親切にしてもらったのに、そんなふうに考えてしまう疑心暗鬼な自分に嫌気がさしてしまう。
 ここにいると考え方が変わってしまうのだろうか。水が濁っている方へと移ろっていくように。
 そして光莉は白井に買ってきてもらった妊娠検査薬でひとりになってから検査をし、その結果、やっぱり……と腑に落ちていた。くっきりと妊娠陽性の判定ラインが浮かんでいたのだ。
 妊娠している――。
 律樹との赤ちゃんがお腹の中にいる。
 彼に愛されて授かった命がここにある。
 かつて途絶えかけた律樹との縁が結ばれて、そして繋がり合えた。奇跡のような運命を感じる。
 律樹が知ったらどんな顔をするだろう。彼がとても喜んでくれる笑顔が自然と思い浮かんで、胸が甘く締めつけられた。
「……っ」
 どうして今なのだろう。光莉はその場で泣き崩れた。
 愛する夫との子どもを授かることは、奇跡のように嬉しいことのはずなのに、どうしてこんなにも絶望を抱いてしまうのだろう。
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