壊れるほどに愛さないで
「友也とも丸3年ということは、この心臓とも4年か……」

コーヒーを飲みながら、誰もいない部屋で、私は自分の胸に手を当てた。

  
ーーーー私の心臓は、私の心臓ではない。


胸に手を当てれば、とくんとくんと、私の鼓動は、誰かと重なるように、規則正しく鼓動を刻みこんでいく。

大学3回の冬、この心臓を移植してもらってから、私の世界は変わった。

それまで出来なかった、自転車を漕ぐことも、ジョギングすることも出来る様になった。頬を切る風を感じながら、ペダルを漕いだり、自分の足で呼吸を繰り返しながら、太陽を浴びて走る事がこんなに気持ち良いんだと、初めて知った。

幸いな事に、拒絶反応もなく、移植から丸三年経っても経過は良好そのものだ。

ーーーーただ、時折、未だに『記憶発作』が起こる事がある。

自分の意思に関係なく、呼吸が苦しくなって、自分の記憶なのか、《《この心臓》》の記憶なのか、分からないけれど、胸が苦しくなったり、突然涙が溢れたりする事がある。

本来ならば、心臓の発作は、移植と共になくなるのが通常だと言われているが、稀に脳が以前の心臓と勘違いして、そのような突発的な発作を起こすケースもあると、担当医師の野田(のだ)先生が説明してくれた事を思い出す。


「どんな方だったんだろう……」

できないことだとは、分かっている。それでも、私の中で生きている、もう一人の人に会ってみたいと思う気持ちが、いつも片隅から消えなかった。

私が生きることは、もう一人の私も生きているということ。

私の中には、私の知らない、もう一人の人の人生が存在していて、それは、うまく説明できないが、共存とも依存とも違う、戦友のような、きょうだいのような、自分の分身と呼べる感覚に近かった。

私は、何度も愛おしい人を撫でるように、胸を摩った。
< 21 / 301 >

この作品をシェア

pagetop