壊れるほどに愛さないで
俺は、給湯室で、電気ポットに水を入れると、スイッチを押した。そして、自分のマグカップに、ドリップコーヒーと、美織のマグカップにノンカフェインの紅茶のティーバッグをセットしてから、黙ったまま俯いている、隣の美織に視線を移す。

「……美織、顔見せて」

美織は、朝から、俺に顔を見られないように、いつもなら、耳にかける髪を下ろしたままだ。

「……どう、して?」

「美織こそ、俺に隠せると思う?髪の毛、耳にかけないの何で?俺の顔、ちゃんと見ないのも何で?」

昨晩、橘友也と話したことは、お互い、美織には言わない約束だ。美織の肩が、小さく震える。

「何があった?誰に何された?」

俺は、美織の肩を掴むと、もう片方の掌で強引に美織の頬にふれた。 

美織の瞳には、うっすらと涙が滲み、唇の端は少し切れて傷になっている。

「雪斗……見ないで……」

当然だ。拉致されそうになった上、殴られたのだから。

「傷……誰に?」

「言いたくない……」

俺は、小さくため息をついた。美織は、言いたくない訳じゃない。言えないんだ。俺が、責任を感じるのを分かっているから。

「美織ごめんな……ほんとごめん……俺が、送っていかなかったから」

美織の目尻は赤く(ただ)れている。昨日、美織は、どれくらい涙を流したんだろうか。俺は、奥歯を噛み締める。

橘友也の言う通りだ。

俺さえ付いていれば、美織をこんな目に遭わさずにすんだのに。

「違うの……雪斗のせいじゃないから」

「でも、この傷……殴られた痕だよな?誰に?」

美織の身体が、反射的に震えた。
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