壊れるほどに愛さないで
「記憶発作は大丈夫かな?」

「あ、最近は大丈夫です。稀にあるかないか位で……」

「そっか、もし記憶発作が、起こったら、過呼吸の対応みたいに、呼吸をゆっくりして、空気を沢山吸い込まないようにすれば、治まってくると思うから。もし近くに誰かいたら、背中を摩ってもらうとラクになるからね」

「わかりました」

じゃあと、パソコンを入力する手元を止めた野田先生に、私は思い切って訊ねる。

「あ、の……」

「どうしたの?」

「私のドナーの方のご家族にお手紙書きたいんですけど……」

野田先生の顔が曇る。

「手紙は、移植を受けてから1年以内に2回までだから。美織ちゃんはもう送ったよね。だからそれ以上は……ごめんね」

「……そうですよね」

私は、ドナーのご家族にあてて、一度だけ手紙を出した。ドナーの方の心臓のお陰で、自転車に乗れるようになった事、走れるようになったこと。それまでは、発作がいつ起こるか分からなかった為、大好きな図書館にも入り浸らずに、本だけ借りて帰っていたが、図書館で日が暮れるまで、本を読むことができるようになった事。

沢山の喜びをいつまでも忘れる事なく、この心臓の方と共に生きていきたいーーーー。
確かそんな内容の事を書いた事を思い出す。

返事は、いつまで経っても来なかったけれど。

「美織ちゃん……納得してない顔してるけど……ドナーの方は、美織ちゃんの心臓として、美織ちゃんと共に生きている。ご家族だって、ドナーの方の心臓が、美織ちゃんと共に生きている事をきっと、嬉しく思ってくださってるはずだよ……美織ちゃんは、その心臓共に、二人分の人生を生きていくんだ。あ、プレッシャーかけてる訳じゃないよ。きっと……幸せも2倍ある人生が、美織ちゃんを待ってるはずだからね」

野田先生は、いつも優しい。かさついた心が潤うように、優しい言葉で、心は、ポカポカしてくる。

「はい……有難う御座います」

私は頷くと、唇の両サイドを持ち上げた。

「うん……じゃあ、また3ヶ月後見せてね」

野田先生が、垂れ目を細めると、にこりと笑った。
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