壊れるほどに愛さないで
私は、コーヒーを飲み干すと、友也の分と一緒にマグカップを流し台へと持っていく。蛇口を捻ってスポンジを泡立てたところで、友也がダイニングテーブルに座ったまま、口を開いた。

「……美織、今日、健診の後、会社までは電車?」

「え……?」

流し台の中で、マグカップを手元に引き寄せながら、すぐに雪斗の顔が頭を過ぎる。

「今日は、いつもより暑かったから、美織、駅まで大丈夫だったかなって」

雪斗の子供みたいな、くしゃっとした笑顔が、脳裏に浮かぶ。

「うん、お水買ってから、病院出たし大丈夫だったよ」

いつもは、病院の帰り道は、徒歩10分程の駅から電車に乗って、会社までいく。

「……電車乗ったんだよね?」

友也の私が嘘を吐いていないか、確認するような質問に、思わずマグカップをスポンジで擦る手元が一瞬止まる。不自然に思われないように、私は、すぐに手元を動かした。

「うん」

偶然、知り合った人が同じ会社の営業マンで、一緒に営業所まで連れて行ってもらった、と言うべきだ。

それなのに、何故だか、私は、友也に対して咄嗟に嘘をついていた。

自分でも、何故だかわからない。ただ、雪斗のことを、友也に知られたくない気持ちが、あった。

「そっか、次からは無理せず、健診の帰りくらい、タクシー乗ってね」

「うん、ありがとう」

顔だけ振り向いてお礼を言った私に、友也の表情が少しだけ曇ったのは、気のせいだろうか。

「あ、友也、先にお風呂入っていいよ」

リビングの時計は、もう22時を回っている。
私は、話題を変えたくて、そう友也に声をかけた。

蛇口を閉めると共に、私の後ろから、長い両手が伸びてきて、私の身体は、友也に包み込まれる。鼓動が少しだけ早くなる。

さっき吐いた小さな嘘がバレてしまいそうで。

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