愛されてはいけないのに、冷徹社長の溺愛で秘密のベビーごと娶られました
 午後七時過ぎ。まだ空が完全に暗くなっておらず、むしむしとした空気が夏が終わっていないのを教えてくれる。最寄り駅から出て、いつもの道を通ってマンションに帰ろうとした。

 そのとき人ごみの中に見知った顔を見つける。

 紘人?

 彼を認識し、すぐ隣に女性が並んでいると気づき硬直する。紘人と同い年か少し年上か。落ち着いた雰囲気の女性だった。ふたりとも私服で、なにか楽しそうに会話している。

 その光景に目を奪われていたら、不意に紘人と目が合った。途端に彼が目を見開き、驚いた表情になる。

 私は反射的に背を向け、彼から逃げるようにして駆け出した。心臓がバクバクとうるさくて、呼吸が乱れるのは走っているせいなのか。

「愛理」

 名前を呼ばれたのと同時に腕を掴まれ、足を止める。振り返ると私と同じように息を乱した紘人の姿があり、お互いしばらく声が出せないまま見つめ合った。

「違……誤解、しないで、ほしい。……隣にいた女性は仕事で付き合いのある人で……」

 息を整えながら懸命に彼は説明してくる。その姿に、自分の中で堪えていたなにかがあふれた。

「別れよう」

 彼の部屋で父の会社名を目にしたときから、ずっと心の奥底に押し込めていた一言が、ついに口を衝いて出る。けれど紘人にとってはおそらく青天の霹靂だろう。

 その証拠に、彼はいつもより早口で必死に訴えかけてくる。

「ごめん。勘違いとかじゃなくて愛理を傷つけたらなら謝る。でも信じてほしい。今日は本当に仕事で彼女とはなにも」

「うん。わかっているから。紘人は悪くない。でも別れてほしいの」

 彼の言葉を遮り、言い切る。紘人を疑っているわけじゃない。彼女との仲もわかっている。本当にただの仕事関係者なのだろう。
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