愛されてはいけないのに、冷徹社長の溺愛で秘密のベビーごと娶られました
 ただ、見せつけられただけだ。紘人の隣にいるのは、私ではなくてもいいんだって。別の女性が横を歩く未来が彼にはある。私にはその資格がない。

 父を説得して紘人の件を明るみにさせる力もなければ、動かぬ証拠を用意して父に認めさせることもできない。逆に父の庇護の元でここまできたのだと痛感する。

「別れたくない。これからはもっと大切にするから。愛理を愛しているんだ」

 両肩を掴まれ、切羽詰まった面持ちで告げられる。人の往来のある場所で、普段の紘人なら考えられない。

 言わないと。私は紘人が憎んでいるKMシステムズの社長の娘なんだって。そうしたら彼はきっと納得する。それどころかむしろ別れたいと願うだろう。付き合ったこと自体後悔するかもしれない。きちんと言うべきだ。

 でも――。

 気づいたときには視界が一瞬で歪んで、頬に冷たいものが滑った。泣いていると自覚する前に、肩を掴まれていた手の力が緩む。紘人の前で泣くのは初めてだった。

「ごめんね。本当にごめん。今までありがとう」

 頭を下げて、今度こそ彼の前から走り去る。

 事情を話しても話さなくても、どっちみちこうして別れることになり紘人を傷つける結果になったのは同じだ。だから言わなかったのは他の誰のためでもない、私のためだ。

 紘人に憎まれる覚悟が足りなかった。あの冷たい目でパソコンの画面を睨みつける彼の横顔がずっと頭から離れない。

 怖かった、あの目で見られるのが。優しくて大好きな彼から、あの眼差しを向けられるのが怖かったの。
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