恋人たちの疵夏ーキヅナツー

宝石のような時間/その１０
アキラ


結局、ケイコちゃんが決めた遠出の場所は、”ここ”だった

数週間前、オレ達が出会った千葉の海岸

あの夜、このテトラポットで彼女たちを見てたんだ

「ここから見定めしてたんだんな、アキラ。私ら獲物を…」

と言って、オレが座ってたところを指さしてから、ニヤニヤして腰を下ろした

今日も決して体調は良くないそうだ

でも、正直に言ってくれるのが嬉しい

幸い晴天で、陽射しもさほどではないが、風が強い

はは…、あの日もすごい風だったけな…

そう、その風がこの子と知り合うきっかけになったんだ

だから、今ではあの風には感謝してる（苦笑）

オレも隣りのコンクリートの塊に腰を下ろし、二人はしばらく海岸を眺めてた

オレ達は情報交換して、とりあえず現状を整理してみたよ

真夏の昼下がり、海水浴客が楽しそうに戯れてる後ろで


...


まず、ケイコちゃんの方は、何とかこのままやめられそうな感じだ

そりゃ時間もかかるし、強い意志が必要だけど、この子は大丈夫だ

もし、麻衣もやめられたとすれば、相和会はどうするだろうか？

たぶん、そのままで、この件は幕引きするのではないか

オレ達にとっては、それが一番望ましい

じゃあ、この”錠剤”の件が表沙汰になったら…

普通に考えれば、組として一番ダメージの小さい選択で、決着を図るだろうが…

ただ、建田さんが２代目会長に決まったから、それぞれ思惑はあるよな

仮に、この件の責任を建田さんが負うことになれば、利するのは矢島さん側だ、当然

つまり相馬会長の厄介な遺産を、利用できる余地もある訳か

もっと言えば、有利になるいろいろ工作をすることも、あり得ると…

警察や政治家との繋がりもあるようだし

似たような利害関係のもたれ合いってのは、珍しくないだろうけど…

ただ、相和会の”それ”って、かなり特異らしいんだ

県警が広域やくざ組織の傘下に組み込まれなかった相和会を、高く評価してるって

この辺は立退き交渉の過程で、泉さんからいろいろ教えてもらったことだ

最後の地権者だった泉さんは、市民運動を通じたさまざまな人脈があったから

それはもう、相和会内部の人でも知り得ない裏の事情、いっぱい知ってた

あと、地元メディアにも影響力持ってるらしい、とも言ってた

だから、この錠剤の件なんかも、ある程度の操作はその気になればどうにでもできるはずだ

それで、実際にそのパイプは、矢島さんと剣崎さんが握ってるらしい

ケイコちゃんが言うには、剣崎さんは本部であらゆることを指揮してたって

おそらく会長のこと、一番知ってる人だろうって

要するに、剣崎さんって幹部の意向が、一番俺たちに跳ね返ってくる可能性が高いのか…

...

詰まるところ、麻衣が何を考えているかだ

あの子の動向次第で、剣崎さんの行動が決まるようなもんだ

ケイコちゃんは、麻衣がこれからやろうとしてること、漠然とながら予想がつくって

まあ、なんとなってイメージなんだろうが…

どうやら、死んだ相馬会長がやりたかったことをやるんじゃないかって

どういう意味だろう、それ？