少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 暑い夏が続いている。学校はあっという間に1学期が終わり、夏休みに入っていた。

 それでも比良木高生にはそんなものはほとんど無い。部活をしている生徒はもちろんのこと、それ以外の人も講習だ、文化祭の準備だといった理由でほとんど学校に行っていた。

 この日は中学生達が体験学習に来るということで、彼らの対応をする為に学校に来ていた。1年だとまだ1学期しか高校の授業を受けていないし、3年は進路で忙しい。だから2年の舞達が駆り出されたのだ。

 コース別ですることが別れているので、舞と響歌は学校に着いたら放課後までほとんど顔を合わせることは無い。だが、終わる時間は一緒なので、帰りはもちろん一緒に帰っている。

 その日の放課後、2人は最近ではとても珍しいことに学校に残っていた。中葉から逃げる日々を送っていたはずなのに、その中葉まで彼女達と一緒にいる。彼女達がいる場所は舞のクラスである4組だ。3人以外は誰もいない。それでも中葉と話しているわけではない。2人はそこでサークルの資料を広げて打ち合わせをしていた。

 中葉は真剣な表情で話し合っている彼女達から少し離れた場所でじっと彼女達を見ていた。自分からは話しかけられないが、彼女達の方から声をかけてくれるのを待っているような感じだった。

 彼女達が教室で打ち合わせを始めてから1時間くらい経過している。話すことも終わったので後は帰るだけだ。2人は手早く帰る用意をすると教室から出た。立ち止まっている時間は無い。宮内駅行が比良木駅に到着するのは7分後。早足で歩いてギリギリ間に合うといった時間だ。
 
 中葉に構っている時間など、まったく無い。

 比良木駅に着いた時には既に電車が到着していた。電車に乗った2人の口から出たのは苛立ちを含んだ溜息。ここに来るまでは無表情だった2人の表情も怒りへと化している。

 中葉は後を追いかけてこなかったらしく、駅に彼の姿は無かった。2人にあれだけ無視をされたのでさすがにダメージが大きかったのだろう。

「もう、いったいなんだっていうのよ。あの人は何がしたいのよ!」

 溜息を吐くだけでは終わらない。舞が頭を抱えながら唸っている。

「あれだけ無視をしているのに、よくもまぁ、一緒にいようという気になれるわね。普通だったら5分くらいで退場しているわよ。あの人って、よく『オレは傷ついた』と言っているけど、凄く図太いわ」

 響歌も苛立ちを隠せないでいる。

 舞が我慢するのは放課後と数学の授業くらいなのだが、響歌は彼とクラスも一緒だし、コースも一緒だ。四六時中彼の顔を見ているようなものなので苛立ちも舞以上にあった。

「そういえば夏休みの最中、響ちゃんの家にヌラから電話があったんでしょ。どんな用事だったの?」

 舞が何気なく訊ねると、響歌の雰囲気が悪化した。

「あぁ、あれね。もちろんムッチーとよりを戻したいというような話だったわよ。まだあんたのスマホは壊れたままだし、家の電話も壊れたままだから、私の方にかけてきたみたい」

 それを言われると、舞は肩身が狭くなってしまう。

「ごめんね、迷惑をかけて。でも、家の方の電話は壊れたままだけど、スマホはもう直っているからね。というよりも新しくしたから。電話番号も変更したし」

「敢えて変更したんだしょ。あの人から連絡がこないようにって。その分、私の方に負担がかかっているんだけどね」

「だからごめんって。でも、響ちゃんもあの人からの電話なんて無視しておけばいいじゃない。それか着信拒否にしておくとか。メッセージとかも無視しておけばいいんだって」

「もちろんスマホの方は着信拒否にはしてありますとも。そのせいであの人は家の方に電話しているの。もちろん居留守を使っているわよ。いつもはそれで通用していたんだけど、さすがに親も一度くらいは私に繋ごうと思ったみたい。この前、嫌味みたいなことを言われたらしいから」

「えっ、嫌味って?」

「その時はおばあちゃんが対応してくれたんだけど、私がいないことを告げると、『いつもいませんね』と言われたんだって」

 あの人ってば、響ちゃんのお婆様になんていうことを言っているのよ!

「もう、本当に申し訳ないよ。私のせいで響ちゃんのお婆様にご迷惑をかけていたなんて。本当に、本当にごめんなさい」

「まぁ、いいけどさ。居留守使っていたのは私だし、実際にあの人から電話がある時に家にいないことも多かったから。でも、その時は丁度家にいてしまっていたのよ。で、お母さんが電話を取って私に渡してきたの。友達が来ているのにも関わらず、ね」

 あぁ…それだと対応しないと仕方がないか。

 それにしてもあの人ってば、なんで響ちゃんにこんなにも多大な迷惑をかけているんだろう。余計に嫌われるってわからないのかしらね?

「あの時は本当に勘弁して欲しかったわよ。まぁ、私も甘いんだけどね。さっさと切れば良かったんだけど、その時に一緒にいたのはヌラのことを知らない友達だったからあまり強い対応はできなくって。でもさぁ、私はヌラに友達が来ているから用件があっても短めにしてって、最初に言ったのよ。それなのにあの人ってば、長々グチグチと1時間くらい話していてさぁ」

 なんて迷惑な。

「さすがにこれ以上は待たせたくないと思って、また友達が来ているからって言ったのよ。そしたらあの人、なんて言ったと思う?『まだいたんだ』よ。ちょっと、それ、考えられる?」

 これはもう失礼過ぎるよ。

「まぁ、友達っていっても1人だけじゃないし、私があの人の相手をしている間も勝手にしゃべってもらっていたからまだいいんだけど、その言葉は無いでしょ。さすがに頭にきて電話を切ったわよ」

 うん、それで正解だよ。

「途中から別室に移動したけど、最初はすぐ終わるだろうと思って同じ部屋で電話していたの。普通なら、遠慮してすぐに切るはずだもんね。でも、あの人って、本当に自分のことだけしか考えていないわ。優しく対応することなんて無いのよ。まぁ、その時に一緒にいた友達は、私の物言いがあまりにもキツくて驚いたみたいだけど。あれでも私からしたら甘い方よ」

 友達に驚かれたんだ。どれだけ強い言い方をしたんだろう。

 響歌の怒りが凄かったので余計な口は挟まなかったが、舞はどうしてもそれが気になった。

「あの、響ちゃん。友達に驚かれたって言うけど、どれくらい強めにあの人に言っていたの。その割には、あの人は今日も一緒にいたけど…」

「あぁ、あの人にはまったく効果は無かったわよね。私もあの時言ったことはよく覚えていないわ。ただ『別れろ』とか『忘れろ』と怒鳴るように言った覚えはある」


「私の為にありがとう。確かに怒鳴るようにだったら友達に驚かれるのかもね。響ちゃんって、普段は怒鳴ることなんてそう無いから」

「私以外の人だって、そう怒鳴っていないわよ。それだけあの人がおかしいっていうことよ。あれだけ怒鳴られても懲りずにいるんだから。しかも余計な一言が多いしさ。あのせいで大部分の人から嫌われているって、いい加減にわからないのかしらね」

 そう、そうなんだよ。あの人は余計な一言が多いんだよ。

 年賀状の時だって、そう。あの人はクラス全員に年賀状を書いていたけど、それがまた余計なことしか書いていないからみんなに怒られる羽目になったんだ。

 一つ例に挙げると、自分の隣の席の女子が4時間目にお腹が鳴りそうなのを必死でこらえている時があったみたいなの。そういう時って、スルーしてあげるよね。でも、あの人はその場面をその人の年賀状に描いていたの。『女の子は大変なんだな』という文章もあったらしいけど、人が隠しておきたいことをわざわざ年賀状にする?

 ヌラは本当のことを書いて何が悪いと思っているんだろうけど、その人が怒るのなんて当たり前だよ。

 あの人はクラス全員に同じ柄の絵のものを送ったのではなくて、それぞれ違う絵を描いた年賀状を出していたけど、逆効果だったのよ。

「そういえば今日のコース別ではどんな感じだったの。ヌラに話しかけられた?」

 自分はヌラとは顔も合わせていなかったので存在を忘れられていたけど、響ちゃんの方は違う。しかも響ちゃんはあの人と同じスタジオ組だ。何かされているかもしれない。

 体験学習とはいっても、舞達プログラミングコースは普段のように黙々とプログラムを打っているだけで良いのだが、歩達がいる秘書コースは中学生達の対応、響歌達がいるデザインコースは学校紹介映像の上映といった、少し特殊なことをしなくてはいけなかった。

 特にデザインコースの人達はそこで初めてスタジオの機材を使用したので結構大変そうだ。

 実習棟には色々な部屋があるのだが、この学校の一番の売りがなんといってもその実習棟にあるスタジオだ。テレビ会社みたいなスタジオが実習棟の中にあるのだ。

 それでもそこはデザインコースの人達しか利用できない場所。それもあって毎年デザインコースに生徒達が殺到して大多数が振り落とされている。舞もその1人だった。

 中学生の体験学習では、ニュース番組のようにキャスター役を2人設け、その2人がこの学校のことをアピールをし、その場面を別室で中学生達に映像で見てもらうことになっている。もちろん普通のテレビのようにディレクター役とか、音響、カメラ等、生徒達が担当して番組を作り上げていく。キャスター役は太田と1学年上の先輩が担当していたが、それでも大変だ。しかも練習する時間は少ない。ほとんどぶっつけ本番だ。

 はっきりいって一番大変なコースだが、一番楽しそうなコースかもしれない。だからだろうか休み時間はプログラミングコースの男子達がわざわざ遊びに来ていた。特に木原はモニターに自分が映っているのが面白かったらしく『ちょっと映りにきた』と言ってはキャスターの席に座り、モニターに映っている自分を確認して『あー、満足した』と帰っていく。それを何度も繰り返していた。

 ディレクター役である黒崎や、音響の亜希や智恵美達はスタジオではなくて壁を隔てた向こうの音響室にいるのだが、アシスタントディレクターの響歌や野口、カメラマン役の中葉や高尾、香はスタジオ組だ。もちろんキャスター役の2人も。だから舞は響歌のことを心配していたのだ。

「コース別の時は大丈夫だったわよ。私の他にも色んな人がいるし、休み時間だとプログラミングコースの男子も何人か来ていたから。あっ、川崎君も来ていたわよ。ムッチーも一緒に来れば良かったのに」

 そんな無理なことを言ってくれる。

「そんな、できるわけがないよ。そりゃ、響ちゃん達がやっていることには興味があるし、テツヤ君とも一緒にいたいけど、そこにはヤツもいるんだから。私がわざわざ危険な橋を渡るわけがないでしょ」

 舞は嫌そうに顔をしかめたが、すぐにその顔を輝かせる。

「あっ、そうだ。響ちゃんってアシスタントディレクターだから、当然ディレクター役の黒崎君と色々やり取りしているんだよね。どう、黒崎君とは。何か進展があった?」

「また何を期待しているのかは知らないけど、進展は無いわよ。まぁ、話とかはいつも以上にしているけどね。でも、他愛もない話よ。そうそう、中休みの時、私と黒崎君、それに野口さんとで好きなタレントの話をしていたの。野口さんはどうもシッマーズのトミヤが好きらしくて、その話とか。キャイニーズのバンドはバンドなのに実は楽器が弾けないとかね。結構盛り上がっていたんだけど、その後でヌラがヘッドホン超しに『オレにはついていけない話だ』とか言っていたわよ。もちろんみんな無視していたけどね」

「ヘッドホン超しって、どういうこと?」

「あんた…変なところを気にするのね。まぁいいけど。私とカメラマンのみんな、それにディレクターの黒崎君は、番組を撮る時にマイク付きのヘッドフォンをしているのよ。それでみんなとやり取りするの。黒崎君達とそんな話しをしていた時は、あの人は少し離れたところで三角座りをしてうつ伏せになっていたんだけど、どうやら私達の会話が聞こえていたらしく、休憩時間が終わってみんなヘッドフォンをつけたすぐ後くらいにそんな言葉を呟くように言ったのよ。独り言だったのか、みんなにあえて聞かせたかは、ヌラに訊かないとわからないけどね」
 
 それでも誰もそんなことをヌラに訊くわけがないよね。あの人とはできるだけ関わりたくないもの。真相だって、どうでもいいしさ。

「でも、ヤツはいるけど、デザインコースって楽しそうだよね。私のコースなんて、みんな黙々とプログラムを打つだけなんだもん。つまらないよ。だから男子も休み時間にデザインコースの方に逃げていたのかな。あっ、でも、橋本君と下田君は残っていたな。下田君は漫画雑誌を読んでいたけど、橋本君は中休みの間ずっと机に顔を伏せていたんだよ。暇だったのなら、木原君達と一緒に遊びに行けば良かったのにね。戻ってきた時、なんか高尾君が面白かったとか、男子達が言っていたけど」

「あぁ、高尾君ね。私も川崎君とすれちがいざまに『さっきは面白いものを見せてもらったわ』と声をかけられたから、その時のことかな」

 なんですって、テツヤ君に!

「怖い顔で見ないでよ。今は川崎君のことよりも高尾君のことが聞きたいんでしょ」

 響歌はそう言って、舞に何があったのか話し始めた。

 昼休みにリハーサルをしようという話になったものの、太田が不在。だからその代わりに高尾がキャスター役をしろと、黒崎からディレクター命令が下された。

 高尾は凄く嫌がっていたが、長であるディレクターには敵わず、する羽目になってしまった。それでも座っているだけでいいということになったので、高尾はキャスター席でずっと下を向いていた。1学年上の先輩も面白がって『高尾先生』と呼んでいて、かなりの爆笑ものだった。

 結局、高尾は一言も話さないまま1回目のリハーサルが終了。2回目もやろうとしたが、さすがに高尾が断固拒否状態でできず。代わりに黒崎が『オレ、やる、やる!』と言いながらスタジオに来たが、そこで太田が登場。『なんだ、もう先生が来たのか』と残念そうに音響室へと戻っていった。

「男子達が面白がって見ていたから、高尾君は余計に嫌だったんでしょ。黒崎君や木原君だったらノリノリでしていたんだろうけどね。でも、その嫌がる姿が逆に面白かったのよ。カメラマンのヌラも高尾君の方ばかり映したりしていたしね」

「なんだか聞いているだけでも面白さが伝わってきたよ。実際にその場にいたら私も爆笑していたんだろうね。私もさっちゃんやまっちゃんを誘って行けばよかったかな。ヌラはいるけど、みんなと一緒なら大丈夫そうだし…」

 話を聞いた舞は、中葉に近づくのが嫌でスタジオに行かなかったことを後悔していた。

 それでも響歌の方は、さっきまでは楽しげに話していたものの、今では何やら考えているような風だった。

「あれ、いきなりテンションが下がったけど、どうしたの?」

 舞もそれに気づいて響歌に訊くと、響歌はその表情のままで答えた。

「ちょっと…ね。まっちゃんのことで気になって」

「まっちゃんって。あっ、私がまっちゃんの名を出したから。でも、まっちゃんなら今日も別にいつもと変わらなかったよ」

「うん、いつもとは変わらなかったのは、私にもわかる。私も一度、5組で顔を合わせているから。でもね、その時…」

「その時、どうしたの!」

「すれ違う直前だったかな、私に『今日、高尾君って来ているの?』って訊いてきたのよ。私が驚いて『は?』と返すと『いいや、なんでもない』とだけ言って去っていったんだけどね。もしかしてまだ高尾君のことが好きなのかしらね?」

 響歌から見ると、真子は既に高尾からバイト先の大学生に心が移ったと思っていた。だから驚いて、まともな返事が返せなかったのだ。

 舞もそれを聞いて、顔を真剣なものへと変える。

「う~ん、まっちゃんかぁ。できれば早く高尾君からその人になって欲しいんだけどねぇ。でも、この間、歩ちゃんから暑中見舞いのメッセージが届いたんだけど、そこに『バイト先でカッコイイ大学生がいるけど、高尾君には負けるって、まっちゃんが言っていたよ。まだ好きみたいだね』と書いてあったの。だからまだしぶとくも想っているんだろうね」

「しぶとくって…あんたねぇ。友達なんだから一途と言ってあげなさいよ。でも、そうか。まだまっちゃんは高尾君のことが好きなのか。もうそろそろ変わると思うんだけどなぁ」

「まだ好きでいないといけないっていう感じにも見えるよ。なんだか響ちゃんみたいだね。早く黒崎君に戻ればいいものを、意地になって橋本君に留まっているんだもん。私もテツヤ君に戻ったことだし、一緒に戻ろうよ」

 話が自分の方になり、響歌は肩を落とした。

「なんでまたそこに戻るのよ。だからそんなに簡単に戻れるわけがないでしょ。私は黒崎君を諦めたんだから。そりゃ、やっぱり彼と話していると楽しいけど…」

「でしょ。橋本君なんて気分屋じゃないの。しかも子供っぽいしさ。それでも響ちゃんがいいのなら、私もそう強くは黒崎君を勧めないけどね」

「じゃあ、本当にそうしてくれるかな。それに黒崎君って、バイト先で彼女を見つけたみたいよ。指輪をもらったとか言っていたから」

 何げない顔でサラッと爆弾発言をする響歌。

「えぇっー、また彼女ができちゃったのー。もう、響ちゃんがさっさと彼を落とさないから!」

 なんでそうなる。

 響歌は呆れながらも、舞に釘を刺す。

「だから黒崎君を私に勧めても無駄なの。今後は一切こういった系の話はしないでね!」

 舞は不貞腐れながらも了承する。

「わかった、もう言わない。でも、そうかといってテツヤ君を狙わないでね」

 だからなんでそうなる!

 響歌はもう疲れ果てて、返す気力が無かった。


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