少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 サークル活動は順調だった。

 順調過ぎて人手が足りないくらいに!

 何しろ度々のホームページの更新から会報製作、メールやメッセージの返信、電話対応等、することが山のようにあったのだから。

 さすがに2人だけではこの先は無理だ。ということで、雑用係として亜希と智恵美にも手伝ってもらうことになった。

 実はこの2人も男子バレーが好きなのだ。好きな選手は見事にバラバラなのだが、みんな日本代表に選ばれている。だからというのもあるし、2人共デザインコースなので学校にあるデザイン用のパソコンも隠れて使える。そういったことから響歌に選ばれてしまった。

 もちろん報酬も用意している。決して脅したわけではない。そこは響歌の名誉の為にも強く言っておこう。

 そういうわけで2人が新たに仲間に加わったわけだが、それでも毎日サークル活動に追われていた。好きな人がどうのとかなんて言っていられない程の忙しさだった。

 放課後や授業中だけではなく、修学旅行にまで持ち込むくらいに!

 学生生活にとって、なくてはならないもの『修学旅行』。

 普通の女子高生なら、この日が来ることをウキウキ、ワクワクして待っていることだろう。そしてその最中に何かしら事件があったりするものだ。好きな異性と接近できるとか、告白した、されたとか。その他、諸々…

「そんなもの、私達には関係ないことだから!」

 舞がペンを片手に絶叫していた。

「うるさいわよ。口ではなくて手を動かしなさい。なんの為に、私がわざわざここまで来ていると思っているの」

 響歌が視線は原稿に向けたまま舞を注意した。

「サークル活動の為だよね。決して井戸端会議をするわけではないよね」

 2人は部屋の隅で会報製作に勤しんでいた。

 少し離れた場所では、この部屋のみんなが集まって女子会をしている。

 時刻は午前2時。普通ならもう寝ている時間だが、今日はみんな目が爛々と輝いている。寝ようという人など、この部屋には誰一人としていない。井戸端会議に熱中している今だと特に、だ。

 今は修学旅行中だ。しかも既に最終日。明日には学校に戻ることになっている。これでとても寒い日々からしばらくお別れだ。

 今年の修学旅行先は長野県だった。しかも何故か中途半端な11月初めという季節で、山の中。去年は九州だったというのに、この扱いの差はいったいなんなのだろう。

 宿泊先に温泉があるのは魅力的だが、舞達はまだお肌ピチピチの少女だ。そんなおばあさんが喜ぶようなところよりも遊べるところが良かった。

 みんな不満たらたらだったが、決まったものは仕方がない。決まったところで思いっきり青春を謳歌した。山の中だったけれど…

「山の中だったら、いっそのこと冬にしてスキーやスノボーを習う方が何倍も良かったよ。なんでこんなに寒い中、リンゴ狩りなんかしないといけないの!」

 響歌が原稿を書きながら旅行の内容に不満を言っている。

「確かに…リンゴ狩りは嫌だよね。その点では、4組は良かったかな。5組がリンゴを狩っている間、遊園地で遊べたんだもん」

「それ、他の5組のみんなに言わないようにね。嫉妬の嵐に遭うから。ところでムッチー、この隆さんの画像だけど、凄く映りがいいから会報の表紙じゃなくてホームページの表紙に使わない?」

「あっ、それ、私もそう思っていたんだ。会報で使うのは勿体ないよ。凄く鮮明に映っているんだもの」

 相変わらず響歌達がサークルの話をしている外では、ここの住人である歩達が雑談に華を咲かせていた。さっきまでは今回の旅行の内容を話していたようだが、いつの間にか4組男子の話題に変わっている。

 男子達がここにいないことをいいことに、言いたい放題だ。木原は自分勝手で我儘だとか、黒崎はやはり女たらし、山田は怖い、川崎は相手を見下しているような感じだとか。挙句の果てには男子全員信用できなくて嫌いとか言っている。響歌からしたら『あんた達はいったい男子と何があったのさ』と突っ込みたくなる程だった。

 舞の方はあの中に加わって、思う存分中葉への愚痴を言いたい衝動に駆られていたのだが…

 そんな中、唯一評価が高かったのは橋本だった。
 
 2人にとっては意外だったが、奈央が橋本に助けてもらったことがあるらしく、彼のことを絶賛しているのだ。

 奈央の話によると、文化祭の準備の時に奈央が2階からあるものを屋根に落としてしまったのだが、それを見ていた橋本が躊躇なく窓から屋根に飛び降りて取ってくれたらしい。

 もう一度言うが、橋本は2階の窓から飛び降りたのだ。

 この件から、奈央は彼のことを『勇気がある人』と高く評価していた。男子のことを中心になって話しているのはこの奈央と華世だったので、ここで一気にグループ内で彼の評価が爆上がりしたというわけである。

「まぁ、勇気もあるし、男らしいところはあるよね。響ちゃんに潔くきっぱりと告白をしていたんだもん。『オレは葉月響歌が好きになりました』とか『信じろ』だなんて、なかなか言えないよ。まぁ、それも幻になったし、それ以降ははっきりしない気分屋男へと変わったけどさ…いてっ!」

 つい思っていることを口に出すと、響歌の手にあった消しゴムが頭に命中した。

「余計なことは口にしない。あっちに聞こえていたら、いい話のネタになってしまうでしょ。変なことを言うと、あんたのことをバラす」

「わかった。もうしゃべりません。大人しく製作に専念します」

 舞と響歌が話に入ってきたらとても盛り上がるだろう。そのことがわかっていて噂好きの歩は、勿体なさそうに2人の方をチラチラと見ている。しかも今は、真子も歩と同じように2人の方を見ていた。

 この2人は1年の時から舞や響歌と一緒なので彼女達の身に起こったことを知っている。だからこそ彼女達の参戦を望んでいるのだ。今の男子に対する評価は、自分達が男子達を外から見て感じたことを話しているだけなのだから。

 彼女達からそんな視線で見られていることにはさっきから気づいているが、舞と響歌はわざと無視していた。

 この4組の部屋には響歌だけではなくて真子も一緒に来ているが、真子の方は女子会に参加していた。

 他の5組グループの皆様は、今はぐっすり夢の中だ。

 響歌達5組のグループもみんな一緒の部屋になったのだが、他の3人はとても規則に従順だった。

 修学旅行前は夜に行われるであろう座談会をとても楽しみにしていた亜希だったが、睡魔には勝てずに連夜ダウン。もしかしたら後でそのことを悔しがるかもしれない。

 紗智と沙奈絵もダウンしたが、みんながダウンしては大きな声で話すこともできない。それとは別に響歌の方は、舞とサークル活動の為でもあったのだが…

 そういったことから、彼女達は4組グループの部屋に避難してきたのだ。

 みんなへの土産話として、紗智の素晴らしい寝相姿を画像に収めて。

「それにしても、さっちゃんの寝相には驚いたよ。さっちゃんって本当にずっとあんな感じで寝ていたの。画像に収めた時だけなんじゃないの?」

 舞がさっき響歌から見せてもらった紗智の寝相のことを切り出すと、響歌ではなくて真子が話に入ってきた。

「あれは本当だよ。まさかさっちゃんがあそこまで寝相が悪いとは思わなかったよ。その傍で沙奈絵ちゃんが凄く規則正しく寝ているから、それが余計に際立っておかしかったの、なんの」

「まっちゃんさぁ、あんた、さっちゃんの寝相を見ながら『絶対に蹴られている』って何回もボヤいていたよね。それもあって、私は余計におかしかったのよ」

 響歌もニヤニヤしながら話に入ってきた。

「そりゃ、ボヤきたくもなるよ。私はさっちゃんの隣で寝ているんだから。響ちゃんはこの楽しさをみんなにも教えてあげようって画像に収めたけど、さっちゃんには絶対に見せないでおこうね。絶対に怒るから」

「当たり前でしょ。見つかって怒られるのはまっちゃんじゃなくて私だもの」

 そんなことを3人で話していると、他の4組のメンバーも加わってきた。

「まぁ、早く寝てしまった者の宿命だよね。修学旅行中だもん、絶対に何かされるよ。マジックでひげを書かれたりしてね」

 歩がそう言えば、華世も同意する。

「そうそう、怒らないで諦めてもらわないと。しかも毎晩、早々と寝ているんだもの。そりゃ、響ちゃん達だって、そんな悪戯くらいしないとやっていられないわ」

「それにしてもさっちゃんがあんなに寝相が悪かったなんて。画像を見せてもらわなければ今でも信じられなかったな」

 それでも見たのだから、こずえも信じるしかない。

「ところで、お2人さん。その様子だとキリがついたっぽいし、いい加減に話に加わってよ。なんだかお2人は爆弾的な話を持っていそうなんだけど?」

 奈央がさっきの歩達のような視線を舞と響歌に向けている。

「そうそう、いい加減に会話に加わりましょう。特に、響ちゃん。絶対に爆弾話を持っていると思うんだけどなぁ。ここは一つ、場を盛り上げる為にも、どうぞ」

 響歌が智恵美に名を挙げられてしまった。

「参ったね。そんなに私ってば、爆弾話を持っていそうに見られているんだ。じゃあ、盛り上げる為に修学旅行の初日に起きたことを話してあげようかな」

 響歌は観念して、面白そうな話をみんなに教えることにした。



 時は少し遡って、修学旅行1日目。

 比良木高校生達は初めての宿ということもあり、期待しながら自分達にあてがわれた部屋に向かった。

 外は山の頂上だったのでとても寒かったが、そこはやはり室内。どこも暖房が効いていて暖かかった。響歌達は自分達の部屋に行くと、それぞれ自分の荷物の整理をしたりしながらゆっくりしていた。

 夕飯は既に終えている。後はお風呂に入って就寝するだけだ。今はそのお風呂の順番待ちをしているところだった。今日は1組から順番に入ることになっているので、5組である自分達の順番まではまだまだ時間がある。今頃は多分2組が入っているだろう。
 
 この宿は露天風呂が名物らしい。もちろん室内にもお風呂はあるが、天気もいいし、是非とも入りたいものだ。

 窓の外には月の姿も見える。今日は雲一つ無い。とても大きく、しかもとても明るかった。

 今日って、満月だったっけ?

 響歌はそんなことを思いながら月をボケッ~と眺めていた。

 月はとても綺麗だった。こんなに大きければ、もしかしたらスマホでも綺麗に画像が撮れるかもしれない。そんなことを考えた響歌は、鞄の中からスマホを取り出して月を撮影してみた。

 う~ん、やっぱりダメかなぁ。なんで月を画像で撮ろうとしても、そのままの姿で写らないのだろう?

 等倍にしたり、何倍にしたりしても、やはり直とは違う。諦めて眺めておく方が良さそうだ。

 その時、響歌があることに気づいた。

 あれ、あそこって…何かあったっけ?

 何やら左下の方が明るい。月以外の場所は真っ暗だったのでそれが妙に感じた。

 気になった響歌は、もっとよく見る為に窓を開けてみた。

「ちょっと、響ちゃん。寒いんだけど!」

 亜希の口から文句が出たが、すぐに閉めることはしなかった。

「うん、寒いだろうけど、少し待って。換気だと思ってさ」

 響歌は呑気な口調でそんなことを返す。

 そうだ、窓を開けたままなら月も綺麗に撮れるかもしれない。

 左下のことは一旦置いておいて、もう一度月を撮影しようとした。

 だが、結果は同じだった。

 響歌はガッカリしたが、今度は左下を確かめなければいけないことを思い出した。

 スマホを覗き込んだまま、身を乗り出して左下を見てみる。

 その瞬間、響歌の身体が硬直した。

「ねぇ、まだ閉めてくれないの?」

 紗智も文句を言っているが、今の響歌にはそのことに返す余裕が無い。

「な…な…な…」

 響歌の視線の先にあったのは露天風呂だった。

 しかもどうやら男子風呂の方で、なんとそこには2組の男子が全裸で戯れていたのだ!

 いや、それはまだ良かった。身を乗り出してみたら男子風呂が見えた。そんなのはよくあることなのかもしれない。スマホ越しだったのでそれが何倍にもなって見えているのも、まぁ、もしかしたらたまにあるのかもしれない。

 だが、さすがにこれはないだろう!

 響歌の目は、ある2組の男子に釘づけだった。

 なんとその男子は、露天風呂の岩の上に立ち、仁王立ちをしながら月を見上げていたのだ。もちろん全裸で!

 これ…これ…は。ダメ…笑っちゃ…ダメ…で…

 響歌は口元を押さえながら慌てて窓を閉めた。すぐにスマホを鞄の中へと片づける。響歌の名誉の為に言っておくが、撮影は一切していない。だからスマホには記録されていないのだが、響歌の脳裏にはしっかりと記憶されてしまった。
 
 さっきの光景が頭に焼きついて離れない。

 あれって…確か、野球部の上村(うえむら)君だったわよ。

 響歌がさっきの現象と必死で戦っていると、部屋の外がなんだか賑やかになった。

 何事かと思う間もなく、2組の女子達が『お邪魔しまーす』と口々に言いながら部屋の中に入ってきた。しかも窓の方に真っ直ぐ向かい、躊躇なくそれを開ける。キャーキャー言いながら。

 あぁ、この人達も知っているのね。

 そんなことを響歌が呑気に思っていると、どうやら2組の男子達に気づかれたらしい。露天風呂の方が騒がしくなった。

 覗いていた2組の女子達は、キャーキャー言いながら部屋から出て行った。

 そのすぐ後、今度は男子達の声がする。

「お前ら、覗いていただろー!」

「どうせ桐野(きりの)達だろー!」

 なんだか偉い騒ぎになってきた。

「私らじゃないわっ!」

「見ていないからねっ!」

 濡れ衣を着せられそうになっている亜希や紗智は怒りながら怒鳴っていたが、見てしまった響歌はさすがにそれに加わることはできない。

 騒がしい中、ただ1人、さっきの光景に悩まされていた。



 響歌の話を聞いた4組のみんなは大爆笑だった。この話を既に知っていた真子も、みんなと一緒に笑っている。

「というわけで私の頭の中は、あの『上村君』で占められているから。他の男子の話をしろといっても無理よ」

 これは嘘ではない。話をしている今も、響歌の頭の中は『上村の全裸仁王立ち』でいっぱいだった。

 この時に限らず、修学旅行中の響歌の頭の中は男子=上村になっている。本人を目にしたら笑えてくるので必死に上村から逃げる日々を送っていた。

 響歌の気も知らず、みんなは気楽なものである。

「さすが、響ちゃん。話すとなったらインパクトのある話をしてくれるわ」

「こんな話をされたら、私も今度から上村君の姿をまともに見られなくなるんですけど!」

「上村君って、確か野球部の人だよね。坊主頭で、結構目立っている…」

「そう、その人だよ。でも、月を見上げながら仁王立ちって。ハハハハハ!」

「亜希ちゃん達は災難だったけど、いい経験できたじゃない。それにしたって、何倍にもなったスマホのカメラでそれを見るなんて!」

 他人事だと思って言いたい放題だ。

 目の前にいる舞も、俯いてはいるものの、ペンを持つ手はプルプルと震えている。

 それでも響歌のお陰で経済科の男子の話題から話が逸れたので、みんなのように爆笑することなく必死に我慢していたのだった。
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