生贄姫完結記念【番外編】

その4、その公爵令嬢は第二騎士団長に宣戦布告する。

 ふわふわ揺れる蜂蜜色の髪を一つに結んでピンクの可愛いワンピースを着た深い青色の目をした女の子が、ひとりでキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。
 そんな少女を見つけた第二騎士団隊長ゼノ・クライアンは、

「お困りでしょうか? 姫」

 と颯爽と彼女の前に現れ、傅いた。

「……ゼノ隊長」

 知らない場所でちょっと泣きそうな顔をしていた少女は、見知った顔にほっとした表情を浮かべたあと、はっとしてワンピースの裾をつまみ、

「第二騎士団隊長ゼノ・クライアン卿にリリアーヌ・アシュレイ・アルテミスがご挨拶いたします」

 と、カテーシーをして見せた。

「私は姫などではありません。ただの公爵家の長女です。いつもリアと呼んでくださいと言っているではないですか」

 さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、背伸びをして見せる小さなレディに、ゼノは本当に可愛いなぁと表情を綻ばせながら、話しかける。

「まぁ、姫は団長の可愛いお姫様だからね。今日は団長に会いに来たの? 団長なら訓練場で剣の稽古つけてるよ」

 訓練場はあっちねと指で示しながらとゼノはリアに説明し、こんなところにひとりでいた理由を尋ねた。

「お母様、お仕事忙しそうだったから、お父様に会いたくてひとりで抜けてきたの。……怒る?」

 目線を合わせたままニコニコしているゼノに、リアはおそるおそる尋ねる。

「おおーあの妃殿下を撒いて来たの? さっすが姫。やるねぇ」

 おかしそうにくくっと子どもみたいな顔で笑ったゼノは、リアの頭を優しく撫でた。

「んじゃ、もし団長に怒られる時は一緒に怒られてあげますので、団長のところまで姫をエスコートする栄誉を頂けますか?」

 ゼノはそう言ってリアに手を差し伸べる。ぱぁっと表情を明るくしたリアは、とても可愛らしい笑みを浮かべて、よろしくお願いしますとレディらしく礼をした。

 ゼノに連れられて訓練場まで来たリアは2階の客席から父であるテオドールの姿を見つける。いつ見ても剣を握る父の姿はカッコ良く、リアはキラキラした目で見つめる。

「ゼノ様は今日はパパと手合わせしないの?」

 すっかりいつもの口調に戻ったリアに笑いながら、

「俺が団長独り占めしちゃうと、あの人の指南受けれない騎士続出しちゃうから、別枠」

 俺も混ざりたいんだけどねーと今日は不参加である事を伝える。

「ゼノ様が闘ってるとこ、見たかったのにな」

 ぽつりとそう漏らすリアに、

「今度見においで。姫が来るとだんちょーすげぇ張り切るから」

 嫁と娘の前では絶対負けてくれないもんなと、ゼノは楽しそうに笑った。
 そんなゼノの顔を見ながらリアは顔を赤くする。

「じゃあ、私がゼノ様応援してあげます」

「あははっ、それはだんちょーが拗ねるな」

 そうゼノが返したところで訓練が終了した。

「リア。降りておいで」

 訓練の途中から、リアが来ていた事に気づいていたテオドールがリア達がいる客席付近の階下で声をかける。
 さっきまで無双して、何人も床にボロボロになった騎士を転がしていた人と同一人物とは思えない優しい顔をしていた。

「だって、姫。じゃあ、下まで」

 ゼノが最後まで言い終わる前にすたっと手すりに飛び乗りそこにたったリアは、

「パパ、受け止めて」

 言うと同時に2階から飛び降りた。
 落ちて来たリアをなんなく受け止めたテオドールは、

「リア、誰にも負けない立派な淑女になるんじゃなかったのか? この国のレディはいつから2階から飛び降りるのが礼儀になったんだ?」

 危ないからやめなさいと嗜める。

「でも、パパ……じゃなくて、お父様? お母様だって、先日5階から飛び降りた挙げ句護衛撒いて逃走してましたよ? お父様だってよく飛び降りてますし。2人の大立ち回りもかっこよかったですわ」

 リアはお母様は社交界でみんなの憧れの淑女ですよ? と首を傾げる。

「…………リィを参考にする時は、仕事モードの時だけにしとけ」

 アレは参考にしたらダメとテオドールは小さな娘にダメ出ししつつ、我が身も見直そうと少し反省した。

「あははっ、だんちょーも姫の前じゃ型なしっすね」

 リアを追いかけるように2階から音もなく飛び降り着地したゼノはそう言って笑う。
 テオドールからダメ出しされたリアはちょっとだけしゅんとした声で、

「ゼノ様も、2階から飛び降りるような女は嫌い?」

 と尋ねる。

「んー将来楽しみ。姫はきっと無敵で絶世の美人さんになるから大丈夫」

 テオドールに抱っこされたまましょんぼりしているリアと目線を合わせてそう言った。ゼノにそう言われ、秒で立ち直ったリアはドヤっとテオドールを見る。その顔がリーリエにそっくりでテオドールは苦笑した。

「本当、あっという間にでかくなるな。うちのお嬢さんは。で、なんでリアはゼノと一緒なんだ?」

「めったに王城来れないんだもの。お仕事中の、パパに会いたかったの」

 迷ってたら連れて来てくれたのっと屈託なく笑うリアにそうかと返事をしたテオドールは母譲りの蜂蜜色の髪を撫でて笑い返した。

「うわぁ、鬼の団長も娘に激甘っ。いいなぁ、俺も結婚して娘欲しい。んでパパと結婚するのーとか言われたいっ」

 ほのぼのするわーとリアとテオドールを見て和んでいたゼノがそう言うと、すんっと真顔になったリアはゼノを方を見てため息をつく。

「子ども扱いしないでください」

 とテオドールの腕から降りたリアは仁王立ちでゼノを見上げる。

「それは失礼しました。小さなレディ」

 背伸びしたいお年頃なとこも可愛いとリアに傅いてゼノは視線を合わせる。完全に子ども扱いされ、少し拗ねたように頬を膨らませたリアは、小さく早く大人になりたいとつぶやく。

「姫が超絶可愛いかったから、ごめんなさい」

 機嫌を損ねたままのリアに、視線を合わせたままゼノは彼女の手を取ってそう言い、頭を下げてキチンと謝る。
 ああ、こういうところ、とリアは思う。
 王弟で騎士団総隊長である父と隣国の公爵家出身で高名な魔術師である母の子として生まれ、公爵令嬢として将来の役割を求められるリアは沢山の視線を浴びながら生きている。
 王弟殿下の娘。公爵令嬢。王太子妃候補。肩書きばかりを見てくる視線の中で、ゼノだけはいつだってリア自身を見てくれる。
 子ども扱いももちろんされるけれど、視線を合わせて耳を傾けてくれる。だから信じられるのだ。

「姫、まだ機嫌直らない? 困ったなぁ」

 少し困ったような茶色の目を見て、クスッと笑ったリアは、

「ゼノ様、法律上3親等以内の婚姻はできませんし、父と娘は直系血族なので論外です」

 とそう述べる。

「そもそも生物学的にも遺伝子レベルで考えても……」

 と急に難しい話が始まり、リアは地面に棒で式を書き出す。

「…………以上の観点からも、近親婚による近親交配は避ける方がベターかと」

 なので、父親と結婚などできませんから。以上とリアは締めくくった。

「………やべぇ、マジレスされた上に俺6歳児の話す内容が難解過ぎて半分以上理解できないんすけど」

 公爵家の教育どうなってんの? とテオドールを見る。

「まぁ、リーリエの影響だな」

 俺は教えてないとゼノを言い負かしたリアの頭を撫でる。

「姫すごいっすね。あっと言う間に団長の庇護下から出てっちゃいそう」

 リアは言葉が話せるようになった頃からリーリエが仕事をする際必ずそばに置いておいたことから、彼女は自ら学び、様々な事を覚えていった。
『知識は武器だから』と言うのがリーリエの教育方針らしい。
 淑女教育が本格的に始まり、所作もマナーも日に日に身につけていく小さな娘はあっという間に大人になって、どこかへ行ってしまいそうだ。

「親としてはもう少し、ゆっくり大人になって欲しいんだがな」

 なんならずっと子どもでいいとぼやくテオドールに、

「あはは、姫がお嫁に行く日が来たら団長荒れるな」

 とゼノは揶揄うように笑った。

「ああ゛!?」

 あからさまに不機嫌になったテオドールは、

「最低でも20年早い」

 なんなら嫁に行かなくていい、と割とマジなトーンで返す。

「うわぁ、姫の旦那さんになる人は大変だぁ」

 お義父さんおっかないっと若干引き気味にゼノは漏らす。

「でもまぁ、やっぱり姫は王家に嫁ぐのかなぁ。姫が王太子妃になったら、俺第一騎士団に鞍替えしよっかなー」

 姫の護衛なら楽しそうと揶揄うようにそういうゼノにイラっとしたようにリアは眉間に皺を寄せる。そんなところはテオドールに似てるなと見ていたゼノに、リアは問う。

「ところで、ゼノ様は結婚のご予定はないのですか?」

「おっと、姫がどストレートに人の傷を抉りにきたぞ」

 いたたっとわざとらしく、胸を押さえたゼノは、

「俺は姫と違ってモテないもんで、予定ないっすわ。残念ながら」

 と笑ってそういった。そんなゼノを見ながら、

「……ダウト」

 ぽつりとリアはつぶやく。

「ん? 姫どうしたの?」

 ゼノはモテないのではない。縁談がなかったわけでもない。彼は社交的で人好きするタイプに見せかけて、いつもどこかで踏み込ませないための一線を引くのだと、初めて誘拐されゼノに助け出された日からずっと彼を見てきたリアは知っている。
 その理由までは知らないけれど、きっとそれが彼の中で引っかかり続ける限り、ずっと一人なのだとリアは思う。

 きゅっと唇を噛み締めたリアは、決意したように口を開く。

「……私は、王家には嫁ぎません」

 期待を裏切るのは怖いけれど、できることなら両親のように自分の道は自分で決めたいとリアは思う。

「決められたルートなんてつまらない。王妃より宰相めざして国を牛耳るほうがよほど面白いと思いませんか?」

 女性が官僚になることも難しいこの国で、宰相を目指すと宣言するその小さなお姫様を見て、でもいつか実現させそうだなとゼノは思う。

「そっか、姫ならできるな。きっと」

 よしよしとその小さな頭を撫でるゼノの手を離さずに済む方法をリアは必死で考える。

「それに、私はパパみたいに、自分の好きなヒトを自分で迎えに行けるようになりたいの」

 うちのパパは世界一カッコいいのよ? 自慢げにテオドールの顔を見て笑う。

「うわぁ、パパ世界一だって。団長うらやまー」

 テオドールを茶化すように視線を逸らしたゼノの頬を掴んで自分の方に向けさせたリアは、

「私、推しは自分で幸せにしたい派なの」

 目を晒すことを許さずに、にこっと不敵に笑ったリアは、

「だからあと10年、ゼノ様が結婚できなかったら私がもらってあげるから、覚悟してよね?」

 そして、ゼノの頬に口付けた。

「はっ? えっーーーー!?」

 突然の宣言にゼノが惚けていると、

「ゼノ、お前この後暇だったな。動き足らないんで付き合え」

 ドス黒く殺気を放つお怒りのテオドールから声がかけられた。

「ヤベェ。団長の殺気が今までで一番ヤベェよ」

 えーこれ、俺が悪いの? と冷や汗をかくゼノ。

「大丈夫。どうせパパは私が誰選んだって気に入らないから」

 うちのパパは過保護なのよとため息をついたリアは、

「じゃ、ゼノ様頑張って」

 死なないでねと付け足して楽しそうに笑った。


おまけ。

「リア、なんであの2人あんな本気でやり合ってんの? 訓練場壊れそうなんだけど」

 やるならリカバリーかかってる闘技場でやればいいのにと、仕事を終え迎えにきたリーリエは不思議そうに娘に尋ねる。

「んー、ゼノ様に告ったらパパがキレた」

「あー、なる。まぁ、ゼノ様なら死なないから大丈夫でしょ」

 娘の心の機微にとっくに気づいていたリーリエは納得したように頷く。

「ママは24差って気になる?」

「別に? ゼノ様妖精族の血混ざってるから人より寿命長いだろうし、イケメンのままだろうし」

 個人的には別種族の血が入ってないはずのテオドールが全く年取ってるように見えない方が不思議なんだけどとリーリエは2人の剣の打ち合いをニヤニヤ眺めながらつぶやく。

「リア、いい男見つけたらしっかり策を練って捕まえておきなさい? 私も初婚時は10年計画だったから」

 イケメン騎士好きってところに血の繋がりを感じるわとふふっと笑うリーリエに、

「分かりました。宣戦布告もしたことですし、今日から全力でアプローチ(囲い込み)していきます」

 母からのゴーサインが出たリアは、そう意気込む。
 以降リアがテオドールに妨害されながら、自身が婚姻可能年齢になるまでの10年がかりでゼノにアプローチしていくのはまた別のお話し。
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