生贄姫完結記念【番外編】

番外編4「生贄姫はやり返す」

時系列的には37話以降の話となっております。
以下番外編スタート!

「城下町の視察予定を組みたい、ですか。調整可能だと思いますが」

 テオドールに調整依頼をかけられた専属執事であるノアが予定を確認し返答する。

「なら、早急に頼む」

 最近のテオドールの仕事内容は第2騎士団の枠を超えたものも多い。
 王太子であるルイスに押し付けられ、以前は嫌々こなしていた専門外の仕事。それを今は自ら進んでやっている。

「こっちは終わったから、ルイスに回しとけ」

 こなした仕事をノアに渡し、一応はひと段落し、休憩をとる。
 ノアの淹れたコーヒーを飲みながら、

「屋敷の様子は変わりないか?」

 とノアに尋ねる。

「大きな変化はないですが、リーリエ様からお手紙預かってきましたよ」

 とテオドールに手紙を渡す。急ぎではないので、手空きであれば渡して欲しいと頼まれたものだ。
 手紙を受け取ったテオドールはふっと表情を緩ませる。

「ご機嫌ですね、テオドール様」

 仕事中はいつも眉間に皺が寄り難しい顔をしていることの多い主が、手紙1枚で表情を緩める日が来るとはとおかしそうにノアが言う。

「ここのところ毎日会っているというのに、その上ラブレターまで。夫婦仲が良好なようで、執事としては喜ばしい限りです」

「うるさい。第一これはそんな色気のある内容じゃない」

 ノアのからかうような口調にテオドールがぶっきらぼうに言い返す。
 だが、眉間に皺が寄らないところを見ると、不快には思っていないらしい。

「いい変化だと思うがな。テオが女性に関心を持つなんて奇跡に近い」

 友人に戻ったノアは微笑ましそうにそういう。
 リーリエが来た当初はあからさまに避けていたのに、この変わりよう。
 いつもテオドールの苦労を間近で見てきた友人としては、リーリエには感謝しかない。

「……そうだな。リーリエは見ていて飽きない。公爵令嬢が全力で頭突き……っふ、あの焦った顔と言ったら」

 先日揶揄った際、耳まで赤く染めて涙目で抗議していたリーリエの姿を思い出したテオドールは喉を鳴らして笑う。

「テオ、好きな子揶揄って許されるのは初等部に上がる前までだぞ。いい大人が何やっているんだか」

 楽しそうなテオドールを前にやや呆れた口調で諫めるノア。

「リーリエ様に警戒され、嫌われでもしたらどうする気だ」

「……警戒はして欲しい、と思っている。じゃないとうっかり手が出そうになる」

「はぁ? それはどういう」

「俺の妻はヒトの話を聞かなさすぎる。というか、無防備すぎる。あそこまで全幅の信頼置かれたら、俺はどうすればいいのか」

 テオドールは困ったようにため息を漏らす。

「リーリエ様は普通にテオに好意を寄せていると思うが?」

「好意の種類が違う。あれは、俺を男として全く見ていない」

 最愛の推しだ。
 課金したい。
 ファンサービスありがとうございます。
 尊い。
 リーリエに今まで言われてきたあれこれを分析して思う。

「リーリエが俺に向ける感情は、役者か何かに熱を上げる子女のそれに類似する。現実的ではないものに対して向ける、手を延ばす気のない博愛、といったところだろうな」

 政略結婚とはいえ、正式に籍を入れている以上望めば拒まれることもないのだろうが。

「俺が欲しいのは、それじゃないからな。変化球はかすりもしないし、直接的に口説いても響きもしない。せめて、男として警戒してもらえなければ、立つ瀬がないだろう」

 ただでさえ、何故かリーリエからの信頼度が異様に高いのだ。
 あのまま無警戒でいられたら、手も出しづらいし口説きにくい。

「まぁ気長にやることにする。今の関係も嫌いじゃないしな」

 リーリエのくるくる変わる表情を思い出し、自然と口角が上がる。

「テオがっ。あのヒトに無関心で、寄ってくる人間全部切り捨てていた冷血魔人が。手順踏んで大事にしようとしてるとか、俺感動で泣きそうなんだけど。うわぁこれは屋敷全員で共有せねば」

「俺は一体何だと思われているんだ!? あと絶対やめろ」

 ノアも含め屋敷の人間は人類以外の種族が多く、見た目年齢とは合わずそのほとんどがテオドールよりも年上でなので、たまに子どものように扱われている感が否めない。
 うちの使用人にも困ったものだとテオドールはため息をついた。

「それで、リーリエ様からのお手紙は何て書かれているんだ? 返事を出すなら持っていくが」

 休憩中に読めとなぜかそわそわしているノアに、テオドールはそんないいものでもないがと言ってペーパーナイフで開封した手紙を見せる。

「テオ、コレ数字がひたすら羅列してあるだけなんだか」

「リーリエからの課題。だから言っただろう。色気のある内容ではない、と」

 ルイスにリーリエの価値を知らされた後、自分の無力さを痛感したテオドールはリーリエに頼み様々な課題を出してもらっている。
 日常的にやっていた方が身につくからというリーリエからの提案で始まったやり取りの内容は様々で、今日は暗号化された手紙の解読らしい。

「今日はリーリエが買ってきて欲しいものを手紙から読み解いて買ってくるのが課題らしい。ご丁寧に"手紙は全て見ること"と但し書きまでされているな」

「お前、コレ読めるのか? すごいな」

 ひたすら数字だけがびっしりと書かれている手紙を、そらでさらっと解き明かしたテオドールにノアは驚く。

「暗号表は何パターンか暗記している。組み合わせて複雑化しているが、法則性はあるからな」

 コーヒーを飲みながら手紙に目を落とすテオドールの表情は真剣で、いつの間にそんな技術を身につけたのかとノアは感心する。
 リーリエの知識量の多さにはいつも驚かされているが、これを作ったリーリエは当然こういったことができるのだ。
 出世欲のなかったテオドールが騎士団以外の業務に目を向けるのも、ひとつでも多く剣以外の武器を手にしようとするのもリーリエのためなのだろう。
 そう思うと微笑ましく、応援したくなる。
 本当にいいお嫁さんをもらったな、とノアが言いかけたとき。

「……って、なんつーこと書いてやがる。あいつ、絶対昨日のこと根に持ってるだろっ」

 飲んでいたコーヒーで蒸せたらしく、何度も咳き込むテオドール。

「大丈夫か!? 一体何が書かれて」

「これを読めと。しかも全部読んだうえで何買ってくればいいのか読み解けと!? 滅茶苦茶怒ってんじゃねーか」

 マジかと頭痛がするかのように頭を抱えるテオドール。

「一体何が書いて……?」

 テオドールがここまで動揺するなんて、と驚きと共に興味が沸く。

「……職場で朗読するのは憚られる内容だ。気になるなら自分で読め」

 そう言ってテオドールは暗号表を数種類出し、法則性をノアに教える。
 紙に書き出して解読した結果、

「うん、コレは、なんていうか……」

 官能小説だった。
 しかもかなり濃い内容の、濡れ場。
 職場でなんてモノ読ませるんだと流石のノアも固まる。

「……遠回しに夜の誘い、とか?」

「絶対違うな。リーリエの事だからこれに更に暗号仕込んでるはず」

 職場で官能小説読ませるとか嫌がらせにも程がある、と舌打ちするテオドール。
 せっかく書き出してもらったので、頭がクラクラしそうになる内容を読み返すこと5回。

「赤ワイン以外のアルコール類だな。多分」

「本当に書いてあった。何で赤ワイン除くんだ?」

「アルコールの過剰摂取は毒だ、というのは知っている。他にも知っておくべき効能があるんだろう。今から調べる」

 傍目から見たらやっている事は職場で官能小説の熟読なのだが、本人は至って真面目だ。

「ちなみにコレやらなかったらどうなるんだ?」

「次の日の課題が倍になる」

 リーリエの性格から考えて多分これよりキツいの読まされるなと今から頭を抱えたくなる。

「……お前、本当に何やったんだ」

 ノアにとって普段のリーリエの印象は使用人達に対しても人としての礼儀を重んじ、大事にしてくれる尊敬できる優しい女主人である。
 そのリーリエがこれほどまでに過激な課題を出してくるなんて、よほどの事に違いないとテオドールに呆れた視線を送る。

「揶揄い過ぎた」

 テオドールも一応反省はしているので、真面目に課題をこなしている。

「やり過ぎは厳禁だな。あとでちゃんと詫びる」

 とため息混ざりにそう言った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 屋敷に戻ったテオドールを迎え入れたリーリエは、

「不正解でございます」

 開口一番に満面の笑みでそう言った。
 ちなみにテオドールはまだ買ってきたものを差し出しすらしていない。

「せめて中身を確認しろよ」

「時間の無駄です。旦那さまこそちゃんと全て読まれまして?」

「……読んだ、が。アレは」

「あら、楽しんで頂けたようで何よりでございます」

 言い淀むテオドールにとてもいい笑顔で受け答えするリーリエ。

「ちなみにどのような感想を持たれました?」

「内容がハードすぎる。初心者向けじゃないだろ。特に23行目あたり。よくアレを暗号化したな。リーリエの恥じらいどこに行った?」

 ここで引いてはいけないと、テオドールは負けじと言い返すが、

「なるほど、コーヒーをこぼされるくらい動揺されていたのに、行数を暗記される程お気に召した、と。職場で官能小説を熟読されるだなんていけない旦那さまですね?」

 トンっとリーリエはテオドールの服に軽くついているコーヒーの染みを指さし呆れた口調で言葉を紡ぐ。

「私にとっては唯の文字の羅列ですが、そうですか。アレは初心者向けではないハードな内容なのですね。へーとっても参考になりますわ。私、男性と夜を共にした事がございませんので、全く判別がつきませんが、旦那さまにおかれましては内容をご理解できる程のご経験がお有り、と言うことですね」

 ニコニコニコと効果音がつきそうな程キレイな表情で笑っているが、目が全く笑っていない。

「なるほど、王族や上級貴族の子息にとっては閨教育も必須。ああ、でも旦那さまはご受講されていないはずでは? 流石旦那さま。自主的に学んでらっしゃると。道理で手際がいいわけですね。私を揶揄い弄んで楽しんでらしたものね?」

「まぁ、確かにやり過ぎたとは思うが」

「旦那さまにおかれましては、随分私にご不満があるようなので官能小説ご用意しましたが、まさか本当に全部熟読なさるとは思いませんでした。ああいうの好きなのですか? 呆れます」

「課題出してきたのはリーリエだろ」

「私は"全て見てください"と述べただけです。本文熟読しろなんて一言も申しておりません」

 リーリエが手を出すので、課題の手紙を渡す。
 すると彼女は手紙ではなく、その封筒の上で手をかざし、魔法を発現させる。

「これは冷やすと出てくるインクです。ちなみにここに出てきた数字は緯度と経度を表しており、コーヒーセレクトショップの住所が出てきます。アルコール類は引っ掛けです。お酒は性欲低下をもたらします。赤ワインは逆効果ですけど」

 ちゃんと身になる課題を出しつつ嫌がらせを混ぜてくるあたり本当に徹底してるなと、テオドールはふっと笑みを漏らす。

「笑いごとではございません。旦那さまは素直すぎますし、額面通り受け取り過ぎです。もう、かわいいが過ぎます。そんなんじゃ悪女にころっと騙されてしまいますからね! どーせ、私なんて唯の政略結婚の相手ですし? 悪いお姉様に掌の上でコロコロされて来たらいいんですよ」

 身に覚えのない前科が加算されているが、どうやらテオドールが思っていた以上に根にもたれていたらしい。

「……昨日は悪かった。やり過ぎた」

「別に、怒ってなどおりません」

ふいっとそっぽを向くリーリエを見て、怒られているのに可愛く見えてしまうから大分重症だなとテオドールは苦笑する。

「笑うところではございませんよ、旦那さま」

 翡翠色の瞳がじとっと非難めいた感情を表す。

「悪かった。あとこんな面白い妻がいるのに火遊びしたりしない」

 蜂蜜色の髪を梳くように撫で、そこに口付ける。

「いい加減、機嫌を直して欲しいんだが?」

 わざとリーリエの耳元で囁く。

「か、顔が良ければ何しても許されるわけじゃないんですからね!」

 耳を赤く染めたリーリエはペシっとテオドールの手を軽く叩き、

「明日はステラリアさまの書き下ろし新作のBL小説から抜粋しますからね!」

 と捨て台詞を吐く。

「それは本当にやめてほしい」

 テオドールは逃走する妻の背中に難しいかもなと思いつつ一応希望を伝えた。

☆☆☆☆☆☆☆☆

「と、言うわけで俺の妻は今日も変わらず面白い」

 リーリエの奇行と捨て台詞を思い出し喉を鳴らして笑うテオドール。

「うん? 俺は何を聞かされているのだろうか?」

 新手の惚気だろうかと首を傾げるノア。

「課題が倍増されているな。今日も骨が折れそうだ」

 そう言ってテオドールは今日も楽しそうにリーリエからの手紙に目を落とすのだった。
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