生贄姫完結記念【番外編】

番外編6「その生贄姫は旦那さまに奪われる」

本編時系列54話以降あたりです。
以下番外編スタート!



「……泥棒?」

 アルカナ王国に戦争回避の人質として嫁いできた、通称生贄姫ことリーリエ・アシュレイ・アルカナは、その単語を不思議そうに口にし、首を傾げる。
 困ったように眉根を寄せた侍女頭のアンナは頷く。

「困ったことに、屋敷内の魔石から魔力が抜かれています」

 魔道具自体は無事なのですが、と続ける。

「本体無事でも、エネルギーないと稼働しないしね。それは困ったわ」

 リーリエが嫁いだ時に業務効率化を図る為、屋敷内は可能な限り全て最新の魔道具に変え術式を組んでいる。
 しかし動かすためのエネルギーが無ければただの置き物なので、屋敷の業務が全てストップしてしまう事になる。

「予備の魔石と交換はしているのですが、やはり何度も魔力を奪われているらしく、正直キリがありません」

 屋敷に何物かが侵入し、魔力を盗んでいるらしい。
 しかし、リーリエが屋敷内に張っている感知センサーには不審なものは何も引っかかっていない。

「もう少しヒントが欲しいわね。他に盗まれたものはない?」

 アンナに尋ねると、少々言いづらそうに顔を顰めて堪える。

「その、旦那様の使用済みのモノがいくつか紛失しているのです」

「はい? 使用済みって……?」

「紛失物はマチマチですが、タオルなどのリネン類や旦那様がお召しになられた衣服の一部など、ですね」

 小さな物ですが洗濯係から足りないと報告が上がっています、とアンナは説明する。

「うーん、ここの屋敷の魔石の魔力って外部買い付けじゃなくて、旦那さまに補給してもらってるのよね?」

「そうですね。旦那様は高魔力持ちですから、補給しても余りあるようですし。大概の物はお願いしていますね」

 一応念のため外部買い付けの魔石も置いているが、そちらの魔力は無事らしい。

「そう、分かったわ。旦那さまに相談して早急に対応しましょう」

 リーリエは神妙な面持ちで頷くと、泥棒対策を約束し、アンナを下がらせた。


「と、言うわけで、屋敷内に旦那さまのストーカーがいるようです」

 夕食後、リーリエは開口一番にそう言った。
 リーリエの報告を聞いたこの屋敷の主であり夫のテオドール・アルテミス・アルカナは嫌そうに眉間に皺を寄せる。

「まぁ、犯人の気持ちは分かりますよ? 旦那さまはところ構わず色気垂れ流してますし、いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってました」

 分かるわー魔力の流れ綺麗だし、イケメンだしね! とうんうん頷くリーリエを見て更にテオドールの眉間に皺が深く刻まれる。

「もう、私の事を威圧して殺気振り撒いたってしょうがないでしょう?」

 世間で"死神"と呼ばれる人類最強の騎士の怒気を一身に浴びながら、リーリエは涼しい表情を崩さない。

「何で犯人を擁護してるんだ!」

「犯人なりの推し活なんだろうなーって。見てるだけじゃ飽きたらず、ついに一線を越えて……。まぁ愛故に、って奴ですよ」

 愛されてますねー旦那さまとリーリエは茶化す。

「……リーリエ、お前楽しんでるだろ」

 魔力や使用済みの衣類を盗まれる方の身になれと、イラッとしたようにテオドールがそう言う。

「ええ、もちろん全力で!」

 いやーモテる男は辛いですねーと全力肯定でにこにこにこと効果音がつきそうな笑顔でリーリエは応戦する。

 政略結婚をしてはや3ヶ月。

"俺と馴れ合おうとするな"

 と、テオドールに突っぱねられた日から友達のように言い合えるまでの関係になった。
 本当に随分仲良くなったものだとリーリエは内心で笑う。

「でも、いくら犯人が旦那さまを好きでも、魔石の魔力が盗まれて屋敷の機動力が落ちるのはいただけません。というわけで、犯人確保にご協力くださいませ」

 リーリエはそう言って、テオドールに協力を仰ぐ。
 テオドールとしてもモノや魔力を奪われ続けるわけにはいかないので、その点は異論ないが。

「姿が見えず、感知もされていないそれをどうやって捕まえる気だ?」

「感知できないのなら、犯人の方から来てもらえば良いのですよ」

 そう言ってリーリエはテオドールに両手を差し出し、

「と、いうわけで旦那さま。今すぐ服をお脱ぎください」

 にっこり笑ってそう言った。

 深夜、テオドールの寝室の換気用の小窓から何が音もなく侵入する。
 それは強い魔力に惹かれるようにゆっくりとベッドへ這い、布団の中に侵入した。
 それと同時に布団が蹴り飛ばされ、ベッドのシーツ中に描かれていた魔法陣が一気に起動する。
 無詠唱で機動された重力魔法の発動により、侵入したそれはベッドに縫い付けられる。

「"風の楔にて、捕縛"」

 ベッド内で待機していたリーリエがベッドに縫い付けられているソレの上でそっと詠唱すると風魔法が発動し、鎖となってグルリとそれの体を捉えた。

「深夜1時、犯人確保!! 管キツネゲットー」

 やったーっとリーリエは身動きできないソレ、つまり一連の犯人である管キツネを素手で捕まえた。
 管キツネ。それは成体であれば全長100センチほどになる愛くるしいモフモフした魔獣だ。

「……捕まえたのか?」

 リーリエの声に反応し、隣室で待機していたテオドールが寝室に入る。

「はいっ! 見てください旦那さま!! クダちゃん超かわいい。小ちゃい。めっちゃモフってるー。はぁぁあぁ、もう、何これ!? 可愛いが過ぎる」

 やや興奮気味のリーリエが捕獲した管キツネをテオドールに差し出す。
 風の鎖で巻かれ自由を奪われた管キツネはリーリエに向かってシャーっと何度も威嚇する。

「はぁぁぁかわゆい。まだ赤ちゃんですねー。力弱いし、敵意もないし、とってもすばしっこいので、姿見えないし、センサーでも感知できないんですよね!」

 威嚇し続ける管キツネの前にテオドールの魔力が入った魔石を差し出すと大人しくそれを舐め始める。

「そんなに旦那さまの魔力は美味しいですか? お腹いっぱいお食べ」

 可愛い可愛いと何度も連呼しながらリーリエは魔力泥棒を愛でる。

「………リーリエ、捕まえたならとりあえず着替えたらどうだ?」

 テオドールはそんなリーリエにため息をついてそう促す。

「ええー? クダちゃんのごはんが先ですよ! こんな無防備な野生の管キツネなんて、滅多にお目にかかれないんですよ?」

 だが、テオドールの忠告を無視し、なおも管キツネを愛でるリーリエ。

「……もうちょっと恥じらえよ」

 テオドールのベッドから動く気のないリーリエに居た堪れなくなったテオドールは視線を外す。

「そもそも、その格好じゃなきゃダメだったのか?」

「ダメでしょ。だってこの子、旦那さまが大好きみたいですし」

 テオドールには目もくれず管キツネに夢中のリーリエは雑にそう答えた。
 リーリエの今の服装は先程までテオドールが着ていたシャツに、自前の短パンと黒レースのガーターソックス。
 なるべくリーリエの痕跡を消す為に顔は鼻と口をテオドールのハンカチで覆っており、犯人を誘き寄せる餌としてガーターソックスにはテオドールの魔力を入れた小さな魔石を沢山散りばめている状態。
 リーリエの格好はいわゆる彼シャツ状態なのだが、テオドールのシャツはリーリエには大きすぎ、なんなら下は履いてないようにも見える。
 そんな淑女らしからぬ格好をしているわけだが、テオドールにその姿を見られても当人は全く気にする様子がない。

「旦那さまの匂いがする布持っていってどこで巣を作ってるのかなー? 可愛いなー」

 小さな魔石から魔力を食べ終わった管キツネはもっとよこせとリーリエのガーターソックスを引っ張る。

「はぅわぁー可愛い。旦那さま、コレ飼っちゃ」

「ダメだ」

「えーでも、クダちゃん使役できたら色々便利じゃないですか?」

「管キツネは魔力を常に喰らう。リーリエじゃ補充できないだろう」

 リーリエは体内の魔力保有量が平均の半分以下しかない。
 魔獣を使役できるタイプではないのだ。
 しかも管キツネは火属性の魔獣なので水風属性のリーリエとは相性が悪い。

「そこはまぁ、旦那さまがクダちゃんのごはんになってくれれば」

「ダメだ。さっさと森に返してこい」

 どうしてもダメ? と翡翠色の瞳が上目づかいにお願いしてくるが、人のベッドを占領しそんな格好で訴えてくるのは本当に勘弁して欲しい。
 ただでさえ結婚して初めてリーリエが自分の寝室にいるという状況に妙な気がするのだ。
 人の気も知らないでと無防備過ぎる妻にため息しか出てこない。
 テオドールにキッパリ断られてしゅんとなるリーリエの足をカリカリ引っ掻きながら、はよ魔力よこさんかいとばかりに催促してくる管キツネ。

「クダちゃん、まだお腹空いてるの? でも、困ったわ。もう魔石のストックないし」

 リーリエは私の魔力はあげられないしなぁとため息をついて管キツネを抱き抱える。

「仕方ないので、外に放ってきます」

 こんなに可愛いのにと未練タラタラのリーリエ。

「待て、その格好で行く気か!?」

「別に、誰も気にしませんよ。深夜ですし、敷地外に離してくるだけです」

 やや投げやりに受け答えし、管キツネを撫でてやる。
 が、管キツネの方は餌を持っていないリーリエに興味が無いのかべしべしとリーリエを叩く。

「ちょっ、痛っ。噛みついちゃダメだって」

 ここでひとつ誤算があった。

「って、わわっ、落ちちゃう」

 管キツネが食べた魔力は高魔力持ちのテオドールの魔力で、それは少量でリーリエの魔力量を上回る。
 つまりリーリエが捕縛に使った魔法に抵抗できるだけの魔力が管キツネの中にあると言うことだ。
 管キツネはするっとリーリエの手から抜け出し、リーリエの着ているシャツの中に入る。

「わっ、ちょ……ま、イヤ、くすぐったい。ちょ、本当やめっ」

 この管キツネは本当にテオドールが好きらしい。
 テオドールの匂いのついたシャツの中を嬉しそうにクルクルと駆け巡る。
 が、モフモフしているで、くすぐったくて堪らない。

「やっ、ちょっ……ふぁっ、旦那さま。もう無理、この子取って……欲し……めっ、ってば」

 くすぐったさに身体を捩りながら、助けて欲しいとリーリエは訴えるが、テオドールはどうしたものかと頭を抱える。
 服の中で逃げ惑う体長30センチほどの管キツネを取れと?

「……服の中に手を入れる事になるが?」

 夫婦とはいえ、2人は一度も夫婦らしいことをした事ない関係だ。
 推しは眺めて愛でる派と公言するリーリエは普段テオドールが近づくだけで赤面して逃げていくので、一応リーリエに確認する。

「いい……からっ! 取って……くすぐったい」

 が、今は羞恥心よりこの状態をどうにかしたい気持ちの方が強いらしい。
 言質は取ったからなとテオドールは念押ししてリーリエを自身の方に引き寄せる。
 もういっそのこと脱がしてしまった方が早くないか? とテオドールが服に手をかけた所で、管キツネが勢いよく跳び出し、テオドールに絡みつき、素早い動きで足を引っ掛けた。

「なっ!」

 幼体だと完全に油断していたため、反応が遅れたテオドールはリーリエを巻き込んであっさりバランスを崩す。

「キュキューィ」

 室内にやってやったぜと言わんばかりの管キツネの雄叫びがあがる。
 管キツネ。
 別名、イタズラ悪魔。
 リーリエの頭にその単語が浮かんだその瞬間。
 大きく見開かれた翡翠色の瞳にはテオドールの青と金の目の色しか見えなかった。 
 ハンカチで覆っていたので、それは布ごしではあったけど。
 リーリエの唇に、確かにテオドールのそれが重なったのだった。
 テオドールが身体を起こす。
 ベッドに横たわったままのリーリエは放心する。

「悪い、リーリエ」

 テオドール謝罪を聞くより早く、押し倒されたことと唇が触れたショックで耳まで真っ赤になったリーリエはキャパオーバーを起こしそのまま意識を手放した。

「キューキュィ」

「お前、この状況どうしてくれるんだよ?」

 テオドールは彼シャツ状態でベッドに横たわるリーリエを見ながら、頭を抱える。

「キュキュ?」

 嬉しそうにテオドールに絡みついて離れない管キツネに悪態をついて、生殺しだなとつぶやいた。

 こうして泥棒騒ぎは幕引きとなったのだが、ミリ単位で2人の関係を進展させた管キツネを結局リーリエの機嫌取りのためテオドールが飼うことになったり、今回の件がきっかけでリーリエ自身も自覚していないほどわずかに、彼女がテオドールの事を意識し始めていたりするのはまた別のお話し。
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