生贄姫完結記念【番外編】

番外編7「生贄姫は眠れない夜を旦那さまと過ごす」

本編時系列54話以降のお話です。
以下番外編スタート!


 夜、定例化したリーリエとの情報交換を終えテオドールが別邸に戻ろうとした時だった。

「あの、旦那さまっ」

 リーリエが意を決したように切り出す。

「今日は本邸にお泊まりになりませんか?」

「……? 何かあるのか?」

 今までこんな風にリーリエに引き留められた事がないテオドールは、眉を顰める。
 リーリエはぎゅっとテオドールの服を引っ張ると、

「今日は、私と……一緒に寝てくれませんか?」

 耳まで赤くして小声でつぶやいた。
 その言葉にテオドールは固まる。
 リーリエの口からそんな言葉が出てくるなど予想していなかったからだ。

「こんな事言うなんて、はしたないと思われてしまうかもしれないのですけれど、どうしても今夜は旦那さまに一緒にいて……欲しくて」

 今まで基本的に夜は別邸に帰るテオドールは一度もリーリエと夜を明かした事はない。
 初めの頃はリーリエを避けていたから。
 今はリーリエにその気がないのに、間違いがあってはいけないから。
テオドールなりの配慮のつもりだった。

「……いいのか?」

 テオドールは確認の意味も込めて再度尋ねる。
 リーリエが頷く。
 テオドールはかなり熟考したあとで、了承した。

☆☆☆☆☆☆

 数分後。
 テオドールは既に本日の選択を後悔していた。

「リーリエ。前から思っていたが、お前は俺の事信じ過ぎだろう」

「……? 旦那さま以上に信頼できる方がこの世にいるのでしょうか?」

 そのセリフは是非とも別のシーンで言って欲しかった。
 そしてこの場合はできたら信じて欲しくはなかった。
 そんなテオドールの心情なんて1ミリも汲み取る気がないリーリエはベッドの真ん中にクッションで線引きをする。

「ベッド大きくて良かった。旦那さまの方に行かないように気をつけますね」

 今晩はよろしくお願いいたしますとペコっと頭を下げるリーリエを見ながら、テオドールは盛大にため息をつく。
 リーリエ相手に一瞬でも期待した自分が悪い。
 今夜は眠れる気がしないなとテオドールは諦めた。

「はぁ、読んだ本が怖すぎて一人で眠れないって……子どもかっ!」

 リーリエに事情説明で渡された本をテオドールはパラパラとめくる。

「"誰もいないはずなのに、ふいに後ろから"」

「音読やめてーー!! 本当、無理っ!! それその後の展開めちゃくちゃ怖いんですからっ」

 リーリエは涙目になりながら耳を塞いで無理と怖いを連呼する。
 リーリエがテオドールを引き留めて一緒にいて欲しいと懇願した理由。
 読んだホラー小説が怖くて内容を思い出してしまい一人で部屋に居られないと言うのだから、呆れるほかない。

「そもそもそんなに苦手ならなんで読んだんだ」

「それは、出版社の方にその本が今回の自信作で、ホラー小説のフェアをやって大々的に売り出すって言われたので……。ちゃんと読んで感想言わないと、作者の方にも失礼じゃないですか」

 適当に流しても問題ないだろうに真面目かと苦笑しつつ、テオドールは活字に目を落とす。

「出版関係は委託に出したんじゃなかったのか?」

 以前リーリエが投資していた出版関係の事業は外部委託に出したと聞いていたはずだ。

「委託した先で随分手広くやってるみたいですね。今は様々なジャンルで展開しているみたいです。各業界にツテはあった方がいいので、委託後も投資と付き合いは続けています」

 ああ、そう。
 と相槌を打ちながらテオドールは思う。
 本職魔術師である俺の妻は一体どこを目指しているのだろうか、と。

「うぅ、夢に出てきたらいやぁー。旦那さま、絶対そこにいてくださいね」

 ホラー小説がよほど怖かったらしいリーリエはテオドールにそう言って念を押す。
 読者にこれだけ影響を与えられたなら作者冥利につきるのだろう。

「リーリエに怖いものとかあったんだな」

「私の事何だと思っているのですか? 人並みにあるに決まっているじゃないですか」

 心外だとばかりに頬を膨らませるリーリエは、

「手足の多い虫とか無理だし、お母様のマナー講座や王妃教育も逃げたいくらい嫌だったし、本当はダンスも苦手だし、苦いものは嫌いだし」

 指折り数えながら怖いもの、苦手なもの、嫌いなものを上げていく。

「そう、なのか?」

 彼女があげたそれらが案外普通のもので、テオドールが意外そうに尋ねる。
 リーリエが淑女として振る舞うマナーもダンスも申し分ないし、食べ物の好き嫌いで何かを残しているところも見たことがない。

「ふふ、普段弱点は晒さないようにしてますからね。私は"お姉ちゃん"ですから。特に弟妹達の前ではかっこよくなんでもこなせる姉でありたいのですよ」

 そういうものなのか、とテオドールは不思議に思う。
 テオドールにも血の繋がった母違いのきょうだい達がいるが、ルイスを除けば交流はないし、ルイスですら兄と特別認識した事はない。

「ああ、でも。私にもし兄がいたのなら、こんな風に甘えていたのかもしれませんね」

 甘える?
 リーリエが?
 自分に?
 テオドールは訝しげな視線をリーリエに送る。
 リーリエはうつ伏せのままベッドで足をパタパタさせながらテオドールの方を見てクスリと笑う。

「怖いから一緒に寝てほしいなんて、充分甘えているではないですか? こんなふうに誰かと寝るの、きっと雷が怖いと弟妹が私のベッドに潜り込んで来た時以来ですわ」

 ふふっと懐かしそうにリーリエは微笑む。

「こんな気持ちだったのですね。私には怖いからなんて言ってベッドに潜り込める相手がおりませんでしたから」

 そう言って楽しそうにテオドールの方を見た。

「いいものですね。隣に誰かがいるというのは。確かにこれなら寝るのも怖くなくなりそうです」

 代わりに俺が寝不足になりそうだが、などとは微塵も思ってないんだろうなとテオドールは苦笑する。

「……こんなに手のかかる妹はごめんだ」

「えぇーー。私、妹力そんなにないですか? ルゥは頻回に私の事妹扱いしたがっておりましたよ? まぁ、私的にはルゥは兄というよりも手のかかる弟みたいな気がしますが」

 妹力ってなんだよと思いつつ、きょうだいというものが分からないテオドールでも、リーリエの兄はさぞ気苦労が絶えないだろうなと実在しない兄にうっかり同情しかけた。

「で、その弟妹が怖がっている時、リーリエは何をしてやっていたんだ?」

「何って、ごく普通の事ですよ。寝付くまでおしゃべりしたり、子守唄を歌ったり。あとは頭を撫でてあげたり、背中を叩いてあげたりですね」

 特にシャロンは寂しがり屋で、よく寝かしつけていたなぁと妹を思い出して懐かしくなる。

「旦那さまは、子どもの時分には誰かと……」

 話しかけたリーリエの頭の上にふわりと大きな手が落ちてくる。
 それはゆっくりと優しい手つきで、リーリエの蜂蜜色の髪を撫でていく。

「誰かとこんなふうに寝た事も、してもらった事もないからな。あってるのか知らんが、さっさと寝ろ」

 目線を上げると器用に片手でリーリエが渡した本を読みながら、片手でリーリエの頭を撫でるテオドールが目に入る。
 どうやら寝かしつけられているらしい。

「ふふっ、子守唄は歌ってくださらないので?」

「子守唄なんか知るか」

 まぁ確かにテオドールが子守唄を歌い出したら驚きだ。
 歌、上手そうだけどなと想像して微笑ましくなりリーリエは一人で小さく笑う。

「じゃあ、もし旦那さまが寝付けずに困った日が来たら、私が歌ってあげますね」

 リーリエを撫でる手を止めず、リーリエの方を見たテオドールは、

「機会があれば、な」

 と呆れたようなため息とともにそう吐き出した。

「ええ、ぜひ。それ読んだら旦那さまも眠れなくなっちゃうかもですし」

「……もういいから寝ろ」

「ふふ、おやすみなさい」

 リーリエはそう言って目を閉じる。
 人の気配と頭を撫でられる感覚が気持ちよく、安心してしまい、あっという間に微睡んで夢の中に落ちていった。
 規則正しい寝息が聞こえ、テオドールは手を止める。

「……本当に寝た。人の気も知らないで」

 安心しきったその寝顔は年齢より幼く見え、不思議な気持ちになる。
 死神と呼ばれ、他人から怖がられることの多い自分の隣で、ここまで無防備に信頼を寄せてくれる誰かがいるということが。
 ほんの数ヶ月前までこんな日常を、テオドールは想像した事すら無かった。
 そしてこんな日常が積み重なっていけばいいと思っている自分がいることに驚く。
 ふっ、とテオドールは表情を緩め、リーリエの顔にかかっていた髪をどけてやり、その額に軽く口付けた。

「おやすみ、いい夢を」

 眠っているリーリエにそう言うと、読みかけの本に視線を戻した。

☆☆☆☆☆☆☆☆

 翌朝、リーリエが目を覚ましたときベッドにテオドールはおらず、もう出たのかなと身支度を整えてベッドルームを出ると隣室の椅子に腰掛けて真剣に本を読んでいるテオドールがそこにいた。

「おはようございます」

 リーリエに声をかけられて、初めて気づいたようにテオドールは目をあげる。

「もうそんな時間か」

 よほど集中していたらしい。
 くすりと笑ってリーリエが視線を逸らすと机の上には大量の小説が積み上がっていた。

「……旦那さま、もしかしてコレ全部読まれたのですか?」

 それは今度売り出す自信作ですとリーリエが押しつけられた大量のホラーと推理小説の山。
 ちなみにリーリエは4分の1しか読めていない。

「読んだ。ちなみにコレ続刊ないのか?」

 完徹で読書。
 しかも気に入ったらしい。

「……聞いておきます。その代わりお願いが」

 リーリエはパチンと手を叩き、ニコッと微笑む。

 その後、出版社から小説が届いた際にはテオドールの好きなジャンルはテオドールに読んでもらい、感想をレポートしてもらう事になったため、リーリエがホラー小説に怯えなくなったり、テオドールとリーリエが定期的に読書大会を繰り広げるようになったのはまた別のお話し。
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