落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化決定】
「ごめんなさい……殿下が死んじゃったかと思って……良かった。本当に良かった」
「胸の呪詛文字が消えるまで、少し意識を失っていたようだ。もう大丈夫」
「呪詛文字が、消える……? じゃあ、呪いは解けたのですか?」


 何が何だか分からないまま、私は背後にいたローズマリー様を振り返る。
 泣き腫らした目をこすりながら、ローズマリー様は力なく横に首を振った。

(呪いが解けたのが何故なのか、ローズマリー様も分からないのね?)

 運命の相手にファーストキスを捧げるか、ローズマリー様の存在を消し去るか。
 ローズマリー様の邪な心が私の魔力によって鎮まった今、殿下の呪いを解く方法はこの二つしかなかったはずだ。


「呪いが解けたのなら良かったんだけど……それにしても、なぜなの?」 


 その時、騒ぎを聞きつけたのか、城の衛兵たちが私たちのいた噴水の周りに集まってきた。
 ガイゼル様は殿下から離れてローズマリー様に手を貸し、そしてそのまま衛兵に引き渡して事情を伝える。

 殿下に恐ろしい呪いをかけ、危険に晒した罪は重い。
 ローズマリー様は大人しく衛兵に連れられて歩き出したが、すぐに私たちの方を振り返り、深く頭を下げた。


「ガイゼル、リアナ嬢。ローズマリーの対応を頼む」
「しかし殿下、こんなところに殿下を残していくなんて……」
「少しディアと話がしたいんだ。私は大丈夫だから」
「そうですか……。分かりました。ディア、殿下を頼んだぞ」


 呆然としているリアナ様を連れ、ガイゼル様も城の方に向かった。先ほどまでのことが嘘のように静まり返った庭園で、噴水の水音だけがあたりに響いている。

 アーノルト殿下と私が二人きりになると、殿下は服に付いた土を払って立ち上がった。


「殿下、手を貸します。あの噴水の縁石に座りましょう」
「ああ、ありがとう」


 縁石に殿下を座らせて、私も隣に腰かける。
 殿下は少し腰を上げて、私の方に向いて座り直した。


「……本当に? 幽霊とかじゃなくて、本当に生きてますか?」


 私は殿下の熱を確かめるために、もう一度殿下の頬に手を伸ばした。先ほど地面に倒れた時に土で少し汚れてしまってはいるが、いつもの美丈夫の殿下の顔だ。優しい笑顔も、頬の温かさも、以前の殿下と何も変わらない。

 緊張が一度に解けて、私の目からは再び涙があふれ出た。


「ディア、泣かなくていい。ほら見てくれ。幽霊でも何でもなく、正真正銘生きている人間だ」
「だって……でも、どうしてご無事だったんでしょう。運命の相手にファーストキスを捧げなければ、十二時の鐘が鳴り終わるのと同時に殿下は呪い殺されるはずでした。そもそも運命の相手だって、結局誰なのか分からないんです。ローズマリー様が私の占い結果を操ってらっしゃったみたいで……」


 イングリス山で二度目の恋占いをした時、ローズマリー様がランプを使って偽の占い結果を出したと言っていた。
 あの時水面に映ったのはリアナ様だった。いや、私たちはそれがリアナ様だと思い込んでいた。
 川の流れや雨のせいで水面が乱れたから私たちが勘違いしたけれど、きっとあれはローズマリー様ご自身の姿を映そうとしていたのだろう。

(あの時私たちがリアナ様だと勘違いしたのは、もしかしたらイングリスの神様が手助けしてくれたからなのかも)

 頭の中で色々と考えながら悩んでいる私の手を、アーノルト殿下がそっと握った。殿下の指は私の指の間を縫って、私たちの手はしっかりと恋人繋ぎで握られる。

 反対の手で涙をこすり、私はアーノルト殿下と目を合わせた。


「運命の相手が誰なのか、私にはとっくに分かっていたよ」
「えっ?! どういうことですか?」
「私にかかった呪い。それは、運命の相手にファーストキスを捧げなければ、誕生日の日の深夜十二時の鐘が鳴り終わった時に死んでしまう、だったよね」
「はい」
「だから私は、自分の運命の相手にファーストキスを捧げたんだ」
「……え? いつ? 誰に?」


 困惑する私を見て殿下はクスクスと笑う。
 そして握った私の手を口元に持って行き、殿下は私の手の甲にキスをした。
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