落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化決定】
「ディア……本当にいいのか? 今追えば、あの男に追いつける」
「いいんです。私の方もぼんやりしていたので。それより、この汚れた服では私は美術館には入れませんから、ガイゼル様だけで殿下のお供をお願いできませんか?」


 殿下とリアナ様の姿はもう見えないので、きっと美術館の中にいるはずだ。殿下の護衛のガイゼル様を、私のせいでここに引き留めるわけにはいかない。
 戸惑うガイゼル様の背中を押して何とか美術館に送り出した後、私は庭園を一人で散策することにした。

(さっきのマントの男。私の運が悪かっただけなのか、誰かの差し金なのか……)

 剪定された植木の間を抜け、季節の花々が植えられた花壇に沿って歩きながら、先ほどの貴族らしき男のことを思い出してみる。
 男は明らかに私をめがけてぶつかってきたように見えた。マントと帽子で顔を隠していたから、確信犯だったのかもしれない。

(ガイゼル様が『気を付けた方がいい』と言っていたけど、まさかね……)

 一瞬リアナ様の嫌がらせの話を思い出したが、信じたくない私は頭の中ですぐに否定した。 

 今頃アーノルト殿下はリアナ様と上手く会話できているだろうか。何と言っても今日は、兜装着なしでのデートだ。リアナ様だって、殿下のあの爽やかな笑顔にメロメロになってしまうに違いない。


「むしろ、私はあの貴族のおじさんとぶつかって良かったのかも」


 心の奥底で考えていたことが、つい口をついて漏れた。

 今日この美術館デートが終わったら、アーノルト殿下はリアナ様をハグするだろう。その場に居合わせずにすんで良かった――そこまで考えて、私は立ち止まる。

 私を練習台にした時と同じように背中に手を回し、息づかいが感じられるほどに顔を近付けて。もしかしたらリアナ様の鼻や耳のそばを、殿下の唇がかすめるめるかもしれない。

 私は殿下とハグした時のことを思い起こしていた。
 しかししばらくして、ハッと我に返る。

(おかしなことを考えちゃダメ。恋占いでおかしな結果が出るものだから、アーノルト殿下のことを変に意識してしまってるのね。私ったら……)
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