落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化決定】
 アーノルト殿下から頂いた日当もあるし、気分転換に書店にでも寄ってみようか。どのみち今日からローズマリー様の元に滞在するのだ。一度王城に戻らなくても、このまま神殿に向かった方が近い。
 元々大した荷物も持っていないのだから、明日登城したついでに持ち帰ればいい。

 すぐそこにある柵の向こうは、もう神殿の敷地内だ。

(殿下とリアナ様が出ていらっしゃったら、このまま神殿に向かいますと言おう。門から出て南側に向かって道沿いに歩いて行けば、神殿の入口に着くはず。途中に書店もあるし……)


「ディア? クローディアじゃない!」
「え?」


 私の名を呼ぶ声に振り向くと、そこにはなんと聖女ローズマリー様が立っていた。いつもの修道服やヴェール姿なので、この庭園の中ではとても目立つ。


「ローズマリー様! どうなさったんですか、こんなところで」
「それは私の台詞だわ。さっき実家に戻ったら、父がリアナに急用ができたと言って探していてね。すぐに家に戻るようにリアナに伝言しに来たの」
「リアナ様に、急用ですか?」


 アーノルト殿下は今日の別れ際にハグをしようとしているのに、とんだ邪魔が入ってしまった。リアナ様のお父様も、何もこんな時に呼び戻さなくてもいいのに。


「リアナ様はまだ美術館の中にいらっしゃいますが……」
「そう、ありがとう。急いでリアナに伝えてくるから、ディアはここで待っていて。せっかくだから一緒に神殿に戻りましょうよ」
「はい。お待ちしてますね」


 ローズマリー様に小さく手を振って別れると、私はあたりを見回した。門からも美術館からも少し離れたこの場所には、気付くと私以外には誰もいない。

(人がいなくて静かだから、とりあえずゆっくり庭を見て待っていよう)

 ――次はどの花を見ようか。
 後ろを振り向こうとしたその時、何者かが突然背後から私を羽交い絞めにする。驚いて声を上げる間もなく、私は布のようなもので口を塞がれた。

(誰?! さっきのマントの貴族が戻ってきたの?)

 呼吸がままならず意識が朦朧とし始める。
 やがて視界がぐらつき始めると、私はそのまま身体を突き飛ばされてしまった。不幸にも、目の前にはいかにも深そうな人工の池。突き飛ばされた勢いのまま、私の体は大きな水音を立ててその池に落ちた。

 自分の体が沈んでいくのを感じながら、私はそのまま意識を手放した。
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