少女達の青春群像     ~途切れなかった絆~

イヴに独りは辛いのです?

 12月23日といえば、世間はクリスマス前ということで街はイルミネーションだらけ。ちなみにカップルだらけでもある日だ。

何故カップルだらけなのかというと、イルミネーションを見に行くというのがデートコースに入っているからだ。

 それでも彼氏がいない響歌にはクリスマスなんて関係がない。関係がないけれど、イベントに参加しないのも寂しい。しかも23日と24日は土日だ。予定が無いのは寂し過ぎる。

 ということで、23日の夜は柏原の方で。24日の夜は住んでいる街の方でしっかりと予定は入れていた。23日は柏原のショットバーでクリスマスダンスパーティーに参加する。響歌はその店の常連みたいになっていたので、スタッフの俊吾(しゅんご)から誘われたのだ。

 舞は16日の同窓会に参加する為に帰郷していた。旦那は仕事の関係で九州の方に何カ月間か行っているので、正月までこのまま地元にいるらしい。

 亜希は24日の夜は彼氏の為にしっかりと予定を空けているが、23日は空いていた。

 というわけで2人も、響歌に誘われて参加することになった。

 店の扉を開けるなり、大音量が響歌達を襲う。さすがダンスパーティー。普段の店の様子とはまったく違った。

「うわぁ、凄い音だねぇ。こういうのって参加したことが無いから凄く新鮮だよ」

 舞が細い目をこれでもかと見開いている。

 いつもは暗い青で包まれている店内が、今日は色々な光で溢れていた。バブルの時に流行っていたディスコはこういった感じだったのだろうかと思わせるようなものだった。

 3人共、踊ったことは無いが、楽しい雰囲気に滅茶苦茶なダンスを踊ってしまった。こういったのはノッたもの勝ちだ。片隅で飲んでばかりいる人も何人かはいたが、大抵の客は飲んではしゃいで踊っていた。さすがにマスターは踊っていないが、響歌を誘った店員の俊吾も仕事をしながら踊っていた。

 それでもさすがに初っ端から踊りまくると疲れてしまう。そんな人達の為に休憩室が設けられていた。

 俊吾に案内されて入ってみると、そこはなんと全部が赤で統一されていた。紅の部屋とでも言うべきだろうか。色的には落ち着かなさそうだが、賑やかなダンスミュージックはほとんど遮断されている。ここだったらゆっくり話もできるというもの。響歌達は少しの間、ここにいることにした。

「はぁ、こういったのに参加したのって初めてだけど、かなり楽しいものなんだね。結婚してからこういったものに参加するとは思わなかったよ」

 このセリフの通り、舞はとても楽しそうだった。この店に来たら大抵は頼むバイオレットフィズも、今日はまだ半分以上飲んでいない。変な踊りを踊りまくっていた。

 こんな舞でも、最初はとても恥ずかしそうだった。だが、俊吾に促されて踊ってみると意外と楽しかったのか、2人以上に踊っていた。

「私らはムッチーの踊りを見る方が楽しかったわよ。高校の時のあんたはどこに行ったんだろうね。表ではこういったことを凄く避けていたのに」

「そうそう、目立つのは大嫌い、地味に生きることが信条だったのにね。そのお陰で、私なんてなかなかムッチーの本性がわからなかったんだから。響ちゃんが躍起になって本性を出そうとしていたけど、結局、一部の人以外はバラすことができなかったんだよね」

「あれはもう本当に無念だったわよ。でもさ、男性相手に石化せずに話せるようにはなったのよ。もちろん大人になったからといった理由も少しはあるんだろうけど、これは私の努力の賜物よ。高校の最初の頃なんて石化はするわ、私と男子の誰かが話していると固まりながらも段々と遠ざかろうとするわ…で大変だったんだから」

「最初の頃って、そんなに酷かったんだ。私としてはその頃のムッチーも見て見たかったけど。でも、いつまでもそれじゃ、ムッチー自身が困るもんね」

 響歌と亜希は言いたい放題だったが、舞の顔からは笑みが消えなかった。楽しい雰囲気に完全に飲み込まれていたのだ。

 紅の部屋にいたのは響歌達だけではない。2人の男性がいた。小柄な人と大柄な人だった。2人共、スーツを着崩した格好をしている。仕事帰りの会社員というよりは、どこかの飲み屋の店員のようだった。

「お姉さん達、いっぱい踊って楽しんでる?」

 挨拶も無しに、そこにいた男性の1人が話しかけてきた。

 こういう時の出番はやはり響歌だ。

「あ、うん。楽しませてもらっているよ。もしかしてお兄さん達って、ここと同業者?」

「そうだよー。柏原の飲み屋街の店で働いているんだ。名刺を渡しておくし、もしよかったらオレ達の店にも来てみて。こことは少し違った雰囲気だけど、楽しめるとは思うよ」

 大柄の人が3人に名刺を渡した。

「ありがとー。今日は無理だけど、また違う日にでも行かしてもらうわ。へぇ、『オーシャン』っていうの。…あれ、なんか聞いたことがあるような。あっ、この辺はよく行くわ。朝までやっている便利な店があるんだよねー」

 響歌は柏原市在住じゃないのに柏原市在住の亜希よりも飲み屋に詳しかった。大抵地元に帰ると、遊里と一緒に柏原の飲み屋に行くので詳しくなってしまったのだ。

 オーシャンの近くにある、響歌曰く『便利な店』は、その中で朝まで営業している大変貴重な店。響歌はそこで朝まで過ごし、始発で家や実家に帰っているから、無ければとても困っていただろう。いつも友人達の家に泊まらせてもらうわけにはいかないのだから。

「へぇ、ナオトっていうんだ。私の名前は亜希ね。それと響ちゃんとムッチーっていうの。よろしく」

 亜希が簡単に自分達の自己紹介をする。

「まぁ、私のことは響歌でも、響ちゃんでも、好きな方で呼んで。ムッチーの名前は舞だけど、もちろんムッチーのままでいいわよ」

 響歌も簡単に後づけをすると、小柄の方は目を丸くした。

「ってか、ムッチーって、なんでそんなあだ名がついているの。オレ、てっきりムッチーの名前はムツミとかそんなんだと思ったんだけど」

「ムッチーになったのが気になるんだ。簡単な話なんだけどね。この子ってば、ムッツリスケベだから、略してムッチーって呼ぶことにしたのよ」

「きょ、響ちゃん。ちょっと、なんで…」

『アッハッハッハッハ!』

 響歌の説明を聞いた男2人は、豪快に笑った。

「いやぁ、ムッチー。オレはあんたのことが好きになったよ」

 早速、ナオトは舞を気に入ったようだ。

「好きになってもいいけど、手は出さないでよー。この子、こう見えて人妻なんだから」

「人妻なのっ?益々いいじゃないか!」

 響歌が牽制しても、ナオトには効かなかった。むしろ油を注いだような気がする。

「そういえばあなたの方は、どういった名前なの?」

 亜希が小柄な方の男性に訊ねると、その人も名刺を3人に配った。

「ここにはタカアキと書いてあるけど、チャロって呼ばれているから、お姉さん達もそっちで呼んで」

 チャロ?

「チャロって…なんか聞いたことがあるような」

 首を傾げる舞に、亜希が教える。

「ほら、高校の時にあったドラマで『チャロ』って呼ばれている人がいたじゃない。最後の方で自殺した」

「あっ、その人か。あのドラマで一番印象に残っているシーンだったよね」

 よほど印象的だったのだろう。舞もあっさり思い出した。

「それ、よく言われるんだよ。でも、そいつとはまったく関係ないからね。そもそもこの名は、オレが高校の時から…」

 チャロが話している最中、チャロのスマホに電話がかかってきた。チャロは響歌達に一言断りを入れると、その電話に出た。

「うん、今は俊吾君の店のパーティーに出ているんだ。だから店にはいないの。えっ、そうなんだ。へぇ、誰だろう。今、ここにいるのかなぁ。えっ、うん、えぇっ!」

 チャロが驚いた声をあげた。しかも目を丸くして響歌の方を見ている。そのまま少し電話を続けたが、相手の方はチャロが店にいるのを確認したかっただけのようだ。電話はすぐに終わった。

「もしかして響歌ちゃんって、遊里の友達?」

 チャロのいきなりの質問に、響歌は驚きながらも返す。

「うん、そうだけど」

 その時、今度は響歌のスマホに電話がかかってきた。遊里からだ。すぐに電話に出る。

「響歌ちゃん、今って、やっぱり俊吾君の店にいるの?」

「うん、パーティーがあるって、誘われていたんだよね」

「そこにチャロがいるでしょ」

 疑問形ではない。確信しているように言う遊里。

 ここまできたら響歌にもチャロと遊里の言いたいことがわかった。

「いるよー。2人って、知り合いなのね」

 遊里は夜の飲み屋街では顔がとても広い。どの店に行っても、誰かは友達や知り合いがいる。だからチャロもその1人なのだろう。そう思っていたが、遊里からの答えは少しだけ違った。

「私の彼氏だよー。響歌ちゃんが今度帰ってきた時に紹介しようと思っていたんだけど、その前に会っちゃったか。世間は狭いよねー」

「彼氏だったんだ。でもさ、世間というよりも、柏原が狭いんだって」

「言えてる。柏原って、あまり店が無いもんねー。じゃあ、今日は確認しただけ。また遊ぼうね」

「うん、また連絡するよ」

 電話を終えると、チャロの方を見る。

「遊里ちゃんの彼氏だったんだ」

「そう、1カ月前につき合ったんだ。名前は出ていなかったけど、遊里から話は聞いていたよ」

「私も、そう。確か5才くらい年下なんだよね?」

「そうそう。年は少し離れているけど、オレが遊里に一目惚れしたの。かなりアタックしたんだよ」

 その話も、響歌は遊里から聞いていた。また紹介するということも、確かに言っていた。

 遊里は美人で華やかなので、黒崎と別れた後もすぐに彼氏ができた。その彼氏とも1年つき合った後に別れたが、またすぐに彼氏ができた。その彼氏がチャロのようだ。5才離れているとは聞いていたが、遊里は面倒見がいいので結構合っているのかもしれない。

 チャロが遊里の彼氏ということから、この場はより一層盛り上がった。それでも今日は話しにきたのではなくて踊りにきたのだ。いつまでもここにいるわけにはいかない。俊吾が呼びにきたので、男性2人は部屋から出ていった。

 響歌達も出ようとしたが、その時、再び響歌のスマホが鳴った。

「あれ、黒崎君からだ。なんだろう、ちょっと先に行っておいてくれる?」

 響歌は2人に先に出るよう促すと、電話に出た。

「はーい、この間はありがとう。今日はどうしたのー?」

「なんだかえらいご機嫌だね。それに賑やかそうだし。どこかにいるの?」

「うん、同窓会の時、支倉(はせくら)さんに似ている人がいるって話したでしょ。今、その人の店にいるの。パーティー中だからうるさいと思うけど、我慢してねー」

 店の外に出るといった方法もあるが、寒いのが嫌いな響歌にはその選択肢は無い。

 それでも黒崎の方も、今日は世間話をする気は無かったようだ。

「それはいいよ。明日のことを訊きたかっただけだから」

「明日?」

「今、地元に帰ってきているんでしょ。明日、会わない?」

 どうやら誘いの電話だったようだ。

「明日かぁ。明日は夜にあっちで予定があるから、昼のうちに帰るつもりなんだよね」

 だからごめんと続けるつもりだったが、それを黒崎が遮る。

「じゃあ、オレが送っていってあげるよ。明日の何時に帰るの?家まで迎えに行くよ」

 …は?

「えぇっ、それはいいよ。柏原からでさえ、私の家は片道3時間はかかるんだから。黒崎君のところからだと5時間くらいかかってしまうじゃない!」

 柏原だとまだマシだが、黒崎はそこから更に1時間かかる場所に住んでいる。しかも響歌の家に迎えに行くと言ってくれている。黒崎から響歌の実家まで約1時間、実家から柏原まで1時間、そこからプラス3時間かかってしまうのだ。さすがに申し訳なくて頼れない。

 それでも響歌の傍では、舞と亜希が小声で『送ってもらいな!』『素直に甘えなさい!』『明日はイブでしょうが!』『早くOKしなさい!』とうるさく言っている。この2人は電話の相手が黒崎と知って、出て行くのを止めたのだ。

「それは気にしなくていいって。送っていってあげる」

「でもなぁ」

「ほら、シーマに乗りたいんでしょ!」

 それを言われると、断り難くなるじゃない!

「…じゃあ、お願いします。1時に帰る予定だったから、それくらいでいいかな?」

 周囲がこんな状態だし、黒崎も引いてくれそうになかったので、取り敢えず受けることにした。

「じゃあ、その時間に迎えに行くから」

 黒崎との電話を終えると、舞がニヤニヤしながら響歌の肩を叩いた。

「いやぁ、響ちゃん。イブなんて独り身では寂しいだけと言っていた癖に、良かったじゃあないの。送ってもらった後はどこに行くのかなぁ?」

 舞は完全に誤解をしている。

「どこにも行かないわよ。一応受けたけど、柏原までにしてもらうつもりだから。さすがに5時間運転させるのは悪いでしょ」

「なんでよ、最後まで送ってもらいな。あっちから言ってくれたんでしょ。しかもクリスマスイブだよ。少しはラブラブした方がいいって」

 亜希もやはり誤解をしていた。

「私と黒崎君はつき合ったわけじゃないって、同窓会の後も言ったはずなんだけどね」

「響ちゃんさぁ、もういい加減に、本当につき合ってあげなよ。黒崎君は本気で響ちゃんのことが好きなはずだよ。そうでないといきなり私達の前で『つき合う』宣言なんてしないはずだし、イブの日に誘うわけがないもん。しかも5時間かけて送るなんて。友達でもさすがにそこまではしないって。ほら、響ちゃんは高校の頃、あんなに黒崎君のことが好きだったわけだしさ」

 舞が黒崎の肩を持ち出した。

「そりゃ、高校の時は好きだったけど、あれから何年経っていると思っているのよ。それに黒崎君の方も、私のことはそこまで好きじゃないでしょ。同窓会の時はああやって場を盛り上げようとしていただけよ。明日、私を誘ったのだって、イブに独りなのが寂しかっただけ。それこそ同窓会の時も、寂しいようなことを言っていたじゃない」

 黒崎は同窓会の時に『彼女がいなくて寂しい』といったようなことをよく言っていたが、あれは彼なりのパフォーマンスだと響歌は思っている。

 だが、今はこの場から逃げる為にそれを利用した。

「そりゃ、言っていたけど、寂しいから会おうとしているのなら、響ちゃんが断った時点で諦めると思うけどね。でも、響ちゃんが柏原までにしてもらうなら、それでいいんじゃないの?やっぱり片道5時間は辛いし、響ちゃんは夜も予定が入っているんだから。それだと黒崎君はただ送るだけになってしまうでしょ。私が響ちゃんでも断ると思う」

 なんと亜希が、いきなり響歌側にまわった。

 それでも真面目な性格の亜希だ。こんな言葉が出るのも当たり前の話ではある。黒崎の立場になってみると、さすがに押すばかりではいられない。

「亜希ちゃんまでそんなことを言うなんて。まぁね、私も冷静になって考えるとさすがに黒崎君が可哀想になってくるから、押し続けるわけにはいかないんだけどさ。私は響ちゃんが一途に黒崎君を想っていた頃を知っているから、どうしてもチャンスだって思ってしまうんだよ。これがハッシーだったら、すぐに断りなさいって言うんだけどね」

 未だに橋本に対して厳しい舞を見て、乾いた笑いをしてしまう。

 そんな響歌の脳裏に、高校時代のことが浮かび上がった。

 あの頃は本当に黒崎のことが好きだった。

 彼と一秒でも話せただけで幸せだった。

 浄瑠璃海岸で黒崎と塩見を見たと舞から聞いた時は、心が張り裂けそうだった。友達としてでもいいから黒崎と学校外でも会いたいと思い、塩見に凄く嫉妬をしていた。

 相合傘でドキドキしている中、好きな人のことを打ち明けられた時は雪に埋もれて無くなってしまいたいとまで思った。

 黒崎が加藤とつき合った時なんて、暗闇の中に放り出されたようだった。

 橋本にチョコをあげるはずなのに、バイト中の黒崎と会った時は、橋本のことは頭から吹き飛んでいたように思う。

 もしかしたら橋本に心が揺れたのは、ただ単に近くにいたからだったのかもしれない。彼と離れると、気持ちも段々と冷めていったのだから。

 だが、黒崎は話をしない期間があっても気持ちは冷めなかった。段々と薄れてはいたが、完璧には無くならなかった。

 そのことを舞も知っているから、こうやって今も黒崎のことを押しているのだろう。

 それに響歌も、黒崎のことは好きだった。前のような恋心ではないにしても、他の男とは違う何かがあるような感じだった。

 橋本から会いたいと言われても会う気は無かったが、黒崎から会いたいと言われると予定を調整してでも会ってしまう。そのことには響歌も気づいていた。

 だが、響歌の心には元彼の存在が微かに残っていた。

 今はまだ黒崎よりも元彼の方が好きだったのだ。
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