主役になれないお姫さま
ザー…っ。

ひとり暮らしのはずなのにシャワーから流れる水の音が何故か聞こえてきた。
 
 私以外に部屋にいるの?
 誰かうちに泊まるって話になったんだっけ??

まだ寝ていたいという気持が強いのだが、驚きの方が増して目を開ける。

寝具のカバーがお気に入りの花柄ではなく、見慣れない紺色になっていた。
部屋の雰囲気からホテルなどではなく、誰かの個人宅のようだ。
高層階なのだろうか?ベッドから見える窓の外は空しかない。

 ここ、どこ!?

起き上がると下着ひとつ付けていない姿で、自分だけがベッドの上にいた。
下腹部の違和感と身体中につけられた赤い模様で何があったのかを察する。

問題は『誰』と行為に及んだかと言うことだ。

 …落ち着け。

 …確か昨日は同僚の結婚式に出て、二次会…、いや、3次会まで参加したはず。

3次会がお開きになった後、会社の人たちと別れて電車で自宅の最寄駅まで帰ってきた記憶がある。
一人で改札を出たので、きっと会社の人ではないと思うのだが…。

 …その後、どうしたっけ?

 ダメだ。思い出せない!

シャワーの音が止んで、しばらくすると見たことのない男性が部屋に戻ってきたので、慌てて寝具で裸の体を隠す。

 …だっ誰!?

寝室にシャワールームがあるようで、部屋とシャワールームの境界に廊下はなく脱衣スペースが一段高い場所にあった。私が目覚めたことに気づいていないのか、そのままミニ冷蔵庫に手をかけ、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを取り出して勢いよく飲み込んだ。
ゴクリゴクリと飲み込むたびに喉仏の上下する首筋がとてもセクシーだった。

飲み終えるとコチラを向いて私が目を覚ましていることに気づいた。

詩乃(しの)、起きてたんだ。おはよ。」

いくら考えても記憶にない男性が自然と私の名前を呼ぶ。短髪に爽やかな笑顔で過去にスポーツをしていたと思わせる筋肉の付いた彼は私のドストライクだった。

ただ、少し年上のようで白髪が少し目立っていた。

「喉、乾いてない?」

頭をタオルでガシガシと拭きながら尋ねられた。

「…乾いてる。」

彼は自分のの見掛けとは別に冷蔵庫から新しくミネラルウォーターのボトルを取り出し、開けやすいようにキャップを一度開封してから私にくれた。

「はい。」

「…ありがとう。」

口の中がベタついて気持ち悪かったので、直ぐにボトルの水を飲む。
想像以上に喉が渇いていたのか、喉を通って身体中に染み渡るのが良くわかった。

「お腹空いてる?」

ベッドに腰をかけ、私の頬を優しく撫でる。

「…えぇ。少し。」

「もしかして、何も覚えてない?」

ここで全て覚えていないと答えるのは失礼になるのだろうか…。こんな経験は初めてなので返事に戸惑う。

「…覚えてなさそうだね。あはは…。」

彼は少し寂しそうな笑顔を見せた。

「ごめんなさい…。」

「じゃあ、自己紹介からしようかな。俺は横谷 一真(よこや かずま)。昨夜、自分と干支が同じって喜んでたから詩乃より一回り年上だ。ここのマンションには先週引っ越してきんだ。昨日は友達と飲んだ帰りに近くの歩道橋の上でフラフラ歩いてた詩乃に俺から声かけた。あっ、ナンパ目的じゃないよ、そんな年齢でもないし…。下りの階段が危なっかしいから心配になったんだ。」

照れくさそうに話を続ける。

「声かけた途端に泣き始めちゃって、そのまま俺から離れてくれなくて仕方なく連れてきたんだけど…。その後覚えてる?」

全く記憶にないので黙って首を横に張った。

「…そっか、覚えてないか。」

横谷さんは残念そうに下を向いた。

「恥ずかしい話、久しぶりだったからね、つい夢中になってしまった。」

チラリと私にしっかりと着けられた跡を見てさらに照れくさそうにしている。

「…あの。私はどこまで自分のことを話したのでしょうか…。」

恐るおそる尋ねてみた。

「ああ、名前と年齢と浮気されて別れた元彼と同期の結婚式の帰りだって言ってたかな?後、いつも彼氏に浮気されるって愚痴ってたかな?」

なんとも恥ずかしい…。
初対面の人にそんな事まで話していたのか…。
昨日の自分を殺してやりたい。

「色々とご迷惑をおかけしたみたいですみませんでした。」

深々と頭を下げる。

「まぁ、そんな時もあるさ。シャワーだけで良ければ直ぐそこにあるけど、バスタブに浸かりたいならバスルームに案内するよ?詩乃がサッパリしたら朝食にしよう。…大したものはないけど。」

優しく頭を撫でてくれた。

「では…、シャワーでお願いします…。」

先程、彼が出てきたシャワールームを借り、崩れたメイクを落として体をきれいにした。
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