霊感御曹司と結婚する方法
 兄は、窓に映る自分の姿を見つめていた。その表情は、俺からはうかがい知ることはできない。

「……エムテイをやめてどうする?」

 兄はこちらを向いて言った。

「隠居するかな。金はあるし」

「バカ言うなよ。まだ、四十半ばだろ。……俺なら喜んでそうするかもしれないが」

「では、好きな事をするかな。おまえと交代で」

「嫌みか? 俺はエムテイに戻っても居場所はない」

「おまえが勝手にそう思っているだけだ」

「親族には嫌われている」

「おまえは、社内からも社外からも評判がいいからだ。親族はそれが面白くない。そういう意味で、将来、会社を牽引していく者としては適任だ」

「何の実績もないのに?」

「俺の弟であることが実績じゃないか? おまえはおまえで、優秀な経歴の持ち主だ。そこらにいる人間と一線を画している。それに、俺と違って、おまえは真っさらだ。一方の俺は、子はいないし、嫁は逮捕されるし、先が知れている」

「冗談に聞こえないな」

「いい転機だと思う。俺のポストには外部から迎えることになるだろうし、今後は経営陣から親族は一掃される。おまえは、今後、既存の幹部との緩衝材としての役目となるだろう」

 兄は鳴り続ける携帯の画面を確認して、拒否応答の操作をしながら言い続けた。

「おまえにとっては、退屈で、楽しくない将来が約束されているのだろうな……。それは、心から申し訳なく思っている。ただ、俺がこうなった以上、おまえの知らないところで、話が進んでいくから、そのつもりで覚悟しておけ」

 また、兄の携帯がなり始めた。

「俺も、つまらないことで、しばらく忙しくなるな。面倒なことになったもんだ……」

 兄は何も言わずに部屋を出ていった。

 兄が帰ると、俺は、なんかものすごく疲れていた。

 思えば会社に入ってから、兄と二人きりで話すことなんか、実は今まで、ほとんど無かったような気がしてきた。いつも吉田なり、兄の関係者なり、誰かがいた。

 兄との会話を振り返ると、複雑な思いが入り交じる。

 そこらの人間と一線を画しているなんて、そんな物言いを普段からしているのか?

 刑事告訴がどうのという例の事業部長は、年上とはいえ、親しい部下じゃ無かったのか?

 冷え切っていた夫婦仲とはいえ、妻を堂々と近しい部下に寝取られていたんだぞ。男にとって屈辱以外の何ものでもないと思うが、それをどうして他人事のように言える?

 俺は、兄にも、一歌に通じる精神の危うい歪みをどこかに感じていた。

 兄の事実上の解任を決定した役員会の判断も、いたしかたないことかもしれないと思いもしていた。

 思えば、兄のことは俺もよく知らない。上辺の関係は良好だ。俺は優秀な兄に劣等感があるわけもない。兄の方は、出来の悪い弟の俺を、見下すような事も一切ない。

 兄とは母が違う。

 父は俺の母と出会って、周りの反対を押し切って再婚した。俺はその結果の子だ。だから、母子ともに、父方の親族にはあまり良くは思われていない。

 親族と同じ考えが兄にあるかといったら、それはないと確信できる。兄はそういうことを考えつくほどヒマな人間ではない。

 兄とは歳が離れすぎて、流れ行く時間の中で、接点がなかっただけだ。
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