純・情・愛・人
「親父さんは釣りか?」

温風になびくわたしの髪を長い指が梳きながら。

「今年は仲間と山陰に行くみたい。今から浮かれてる」

「薫もたまには家事を放って羽を伸ばせばいい」

ドライヤーのスイッチが切られ、鏡の中の宗ちゃんがどことなく不敵に微笑んだ。

「俺のことは一秒だろうと、忘れさせないがな」





髭剃り、シェービングクリーム、トニックシャンプー。真新しいドラム式洗濯機の中で洗い上がる男物の下着やTシャツも、お父さんのじゃなく全部、宗ちゃんの。

変えてない柔軟剤が香るシーツと、寄り添う温もりの、合い間で微睡む気怠い朝も。わたしの日常に溶け込んでいく。宗ちゃんと過ごす時間が“普通”になっていく。

一番欲しかった幸せ、夢で終わるはずだった幸せを宗ちゃんは叶えてくれる。だけど魔法使いじゃない。呪文を唱えるだけで簡単に叶ったりしない。

胸の奥で噛みしめる。わたしはそれを絶対に忘れちゃいけないんだ。




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