俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 だからもう、彼から何かを欲しがるのはやめようと思う。

 ただ、自分の心にだけひっそりと彼への思いを閉じ込めておけばいい。

「飛鳥ちゃん、僕がいうのもあれだけど。一度大輝とちゃんと話した方がいいんじゃないのか?」

「そう……なんでしょうけど。なんだかうまくいかなくて。もうダメ……なのかなって」

 泣いてしまいそう。目頭があつく声が震える。

 けれどここで泣いてもどうしようもない。なぐさめてもらいたい人は私の傍にはもういないから。

「そんな顔しないで。僕まで悲しくなる」

「ごめんなさい。あ、私そろそろ行きますね」

 伝票に手を伸ばすと、さっとそれが奪われた。

「最後までかっこつけさせて。君と恋はできなかったけど、いい友達でいたいから」

 野迫川社長の好意に甘えて、私は頭を下げるとカフェテリアを後にした。

 店に入る前と状況は何も変わっていない。けれど大輝さんが少なくとも仕事上の私は認めてくれていることがわかった。

 それだけでも十分だ。彼は私を守ってくれた。

 彼との将来がなくなっても、彼との思い出と彼への気持ちは私の中に残る。

 それでいい、今はそれでいい。

 私は自分にそう言い聞かせながら、泣かないように少しだけ顔を上げて、雑踏の中を歩き続けた。
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