※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
話を聞くにあたり、紗良は初めて静流に飲んでもらったのと同じカモミールとほうじ茶のブレンドティーを淹れた。
辛い出来事を話してもらうなら、少しでも心を安らかにしてあげたいという些細な心遣いだ。
二人はダイニングチェアに向かい合うように座った。先に口火を切ったのは静流だった。
「三石商事に勤務していた当時、私には片岡という唯一無二の友人がいました。大学時代からの友人で卒業後も同じ会社に就職し、互いに切磋琢磨しました。一年ほど前のある時、片岡からある女性を紹介されました。いずれ結婚するつもりだと、肩を寄せ笑い合う様はとても幸せそうに見えました」
静流は慎重にひとつひとつの言葉を選んでいた。漏れのないよう事実だけを伝えられるように、話が歪曲しないように。
「明るくさっぱりとした性格の彼女とも気が合い、私達はよく三人で飲みに行くようになりました。しかしある日、突然彼女から二人きりで相談したいことがあると電話をもらいました。直接話を聞けば、実は片岡との結婚を考え直したいと思っていると。理由を聞けば、片岡という婚約者がいながら……私を好きになってしまったのだと」
紗良の心臓がヒヤリと凍り付いていく。当時の静流の困惑具合は容易に想像できた。