※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

「秘めた恋心を打ち明けられて、正直困りました。私は彼女に対して友人以上の感情を持ち合わせていませんでした。その場では気の迷いだと言って答えをはぐらかしました。……それが良くなかったのかもしれません」

 静流は自身の態度と対応について、心底後悔しているようだった。静流とて万能ではない。あの時本当はああするべきだったと、悔いたところで時間は巻き戻せない。

「ほどなくして事件が起きます。彼女は他に好きな人がいるから結婚できないと、片岡に婚約解消を申し出たのです。彼女の想い人が誰なのか確信し、激昂した片岡は会議室に飛び込み、プレゼン中の私に殴りかかってきたのです」

 紗良は泣きそうになっていた。
 三人を巡る恋と友情の顛末はあまりにも悲しすぎた。

「乱入事件から十日後、彼は辞職し、ひっそりと姿を消しました。あとに残された私も結局居づらくなって会社を辞めてしまいました。それっきり片岡とは会っていません」

 リビングが沈黙に支配される。
 静流になんと声を掛けたらいいのだろう。
 親友の幸せを意図せず壊し、片岡を傷つけてしまったこと。それが静流にとって大きなトラウマになっていた。

「静流さんは悪くないですよ……」

 彼女が静流に心変わりしたことは褒められたことではない。
 けれど、静流が悪者になる必要があるのだろうか。紗良には静流が過度に自分を責めているようにしか見えなかった。
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