※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。


「果たしてそうでしょうか?少なくとも私が片岡の立場なら同じことは言えません。友人に婚約者を略奪され、何もかもを失ったのは事実です」

 紗良ならそう言うだろうと、静流にはあらかじめ分かっていたようだった。

「昔から、女性から好意を持たれることは少なくありませんでした。でもそれが誰かを酷く傷つけることになるとは思ってもいませんでした。ならいっそ、格別の好意を持たれないように妻帯者の振りをしようと思いつきました。……でも、今度は貴女を傷つけた」

 女性達からの好意を頑なに拒むことは、静流にとって片岡への贖罪だった。
 そして、今。静流は必死になって紗良を守ろうとしている。

(優しい人……)

 自分が傷つくことよりも、自分が傷つけた他人の痛みを思いやれる。
 多分、静流はルームシェアをしたことを後悔している。この生活を終わらせることで、すべてなかったことにしたいと望んでいる。
 しかし、紗良は楽しかった生活を苦い思い出になんかして欲しくなかった。

「片岡さんの連絡先はわかりますか?」
「連絡先なんか聞いてどうするつもりですか?」
「一緒に会いに行きましょう」
「……本気ですか?」

 怪訝そうな表情をする静流に紗良は力強く頷いた。

「静流さんばかりが他人の痛みを背負うことはないんです。ほらルームシェアって少なからず相手に迷惑を掛けることもあるでしょう?だから私が半分背負います。片岡さんに会いに行きましょう。会いに行って静流さんが今思っていることをすべて伝えましょうよ」
 
 今の静流に必要なのはありきたりな慰めでもなければ、見当違いな励ましでもない。
 片岡本人の本心からの言葉だ。罵倒でも許しでも、静流は逃げずに受け入れるだろう。
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