※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「いつの間に覚えたんですか?」
「紗良さんの手つきをみて少しずつ。自分でも時間がある時に調べていました。でも、付け焼き刃なのでまだ上手くはできませんね」
「そんなことないですよ。すごく美味しいです」
(他人に淹れてもらう紅茶ってこんな味だったっけ?)
飲み慣れた弥生の味とも違う。静流の淹れてくれた紅茶は優しい味がした。
カップを覗き込む自分自身と目が合う。
最初から諦めていれば楽だった。
これまではどうせ自分のことなんか誰も好きにならないと卑下して、恋愛はもういいと虚勢を張ってきた。
……果たしてそれでいいのだろうか?
過去を乗り越えた静流に対し、紗良はまだ過去に囚われている。
「私……まだ静流さんの好きって言葉が信じられないんです。でも……これからは信じられるようになりたい」
この人を好きになりたい。恋することに臆病な自分を変えていきたい。
「信じてみても……いいですか?」
「はい、もちろん」
静流は椅子に座る紗良の前で膝を折り、唇同士が触れ合うだけの優しいキスをした。
それは始まりの合図のようだった。
もうただの同居人には戻らない。