※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 結局、買い物に行く気力は削がれてしまい紗良は真っ直ぐ家に帰宅した。

「紗良さん?」
「あ、静流さん。お帰りなさい」

 キッチンで夕食の支度をしていた紗良は気がつくと静流に肩を叩かれていた。
 一体いつの間に帰宅していたのだろう。静流は既に私服に着替え終わっていた。

「大丈夫ですか?」
「すみません。なんかボーッとしていたみたいです……」

 時計を見ればキッチンに立ってから既に三十分も経っていた。にも関わらず、夕食作りは遅々として進んでいない。

「紗良さんは座っていてください。続きは私がやりますから」
「でも……」
「いいから」

 静流にキッチンから追い出された紗良ははあっとため息をつきながらソファに腰掛けた。
 二年以上も経てば多少は変わるかと思ったが、何も進歩していない。周平との再会に紗良の心は乱れ、思い出しただけで気が重くなる。

 作りかけの麻婆豆腐を静流に完成させてもらい、遅めの夕食を取り終えても紗良の気分は晴れなかった。
 そんな紗良の様子を見て、食後の紅茶は静流が淹れてくれた。

「紗良さん。私は紗良さんから彼の話を聞きたいです」

 静流はそう言いながらソファに座る紗良の元へカップを運んできた。

「……よくある話ですよ」

 紗良は静流に二年前、周平と何があったのか話し始めた。
 決して楽しいとは言えない過去の話だ。
< 165 / 210 >

この作品をシェア

pagetop