※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 身支度を整えた紗良は静流とは対照的にバタバタと慌てて家を出た。余裕のある時の方が少ない。紗良の出勤風景は大体こんな感じだ。

 歩いて五分の場所にある駅から電車にのり、ガタンゴトンと揺られること二十分。
 みなとの丘駅の西口から歩いて七分ほどの場所に紗良の職場がある。

 紗良が働く株式会社煌陽(こうよう)電子販売は電子機器専門の総合商社だ。法人向けにセンサやメーター、電子制御機器などを販売している。
 紗良は営業部第二課で営業事務を担当していた。
 社員証をカードリーダーに翳しエントリーゲートを通り過ぎると、エレベーターホールに三期先輩の木藤芙美(きとうふみ)が立っていた。

「おはよう。三船さん」
「おはようございます。木藤さん」
「ねえ、聞いた?我孫子(あびこ)課長の後釜、今日から入社するんだって。噂だと、専務自らヘッドハンティングしてきたらしいよ」

 我孫子課長は紗良の所属する営業部第二課の愛すべき名物課長だ。
 仏のような広い心を持ち、部下達の失敗にも声を荒らげることなく静かに成長を見守ってくれる。圧倒的な安心感のおかげなのか、二課の課員は皆伸び伸び仕事をしている。
 そんな我孫子課長だが、先月の例会で早期退職制度を使い、次の誕生日で退職することが発表された。後任は未定という話だったが、ようやく引き継ぎが始まるらしい。
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