※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 重たい物が床に叩きつけられるような鈍い音がした。
 激しい痛みを覚悟し固く目を瞑っていた紗良だが、痛みはいつまでも訪れることがなかった。
 薄ら目を開け自分の状況を改めて確認する。パンプスが片方脱げ床に転がっているが、身体のどこも痛くない。意識もはっきりしている。

(あ、れ……?)

 紗良は誰かに庇うように抱き止められていた。紗良が無傷なのは痛みを代わりに引き受けてくれた人物がいたからに他ならない。
 背後から低いうめき声が聞こえ、血の気が引く。

「静流さん……!?」

 落ちてくる紗良を階下で抱き止めてくれたのは静流だった。紗良と名前を呼ばれたのは夢ではなかった。

「静流さん!!」

 ここが会社だということも忘れ名前を叫ぶ。静流の様子がおかしい。呼吸は浅いし右腕は不気味な青紫色をしていた。

「人を呼んで!!早く!!」

 紗良は踊り場で棒立ちになっていた周平を怒鳴りつけた。周平はハッと我に帰ると慌てて走って行った。

「静流さん!!しっかりしてください!!」
「だい、丈夫です。大声出さなくても、聞こえています……」

 意識の混濁はないことに少しだけ安堵する。頭を打ったのかひどく辛そうだった。

「紗良さんは……?怪我はありませんか?」
「私の心配なんかしてる場合ですかあ……」

 こんな時まで他人の心配なんかする?
 自分のせいで静流が怪我をさせてしまった動揺と恐怖で足が震えた。
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